うさぎが逃げる Act.01:アクション 活動

学校の帰り道、うさぎはいつものようにセットを頼むとトレー片手に二階へ上がる。このファーストフードはホットスポットになっていてパソコンを持ち込めばネットに繋がる。
何よりも美味しいのは自宅や本人が特定されることはない。勿論、ここからの通信記録はきっちりと偽造するからここへ辿り着くには時間も掛かる。

パソコンの電源を立ち上げて幾つもの防壁ソフトを立ち上げてからネットの世界に繋げる。海外が拠点のサーバーに繋げているから、すぐには分からない。何よりも、この方法で一度たりともうさぎは見つけられたことがない。
見つかれば逮捕されることは薄々うさぎにも分かってはいた。でも、それを上回る楽しさがネット上には沢山あった。勿論、友達とおしゃべりしているのも楽しいけど、ワクワクするのは何よりもネットの世界だ。

いつものチャットに顔を出せば、そこにいるのはいつものメンバーだった。

『グレーが入室しました』

その文字が画面に映し出されて薄く笑う。
グレーというのはうさぎのハンドルネームで、ネット上ではこの名前で呼ばれている。
今日いるメンバーは二人。全員でこのチャットには五名が登録している。
秘密裏に隠されたこのチャットを見つけたのはもう半年も前になる。セキュリティーはかなり厳しいもので、下手な企業のセキュリティーよりも強固なものだった。

けれども、うさぎはそのセキュリティーを破るのが何よりも楽しかった。うさぎがチャットに入った時、ただ一人ラストだけがチャットにいた。

『ようこそ――――』

それがこのチャットとの出会いだった。
それからはメンバーを紹介され、ここに集まる人間は全員がハッキングが趣味といっても過言じゃない人の集まりだと知った。
この場所で権限を持っているのはラストで、実際作ったのは前任者だと言う。チャット内で競うようにハッキングしたり、共同でハッキングすることもある。そして、それが犯罪だとわかっているからこそ、お互いに自分の情報を漏らさないし聞かないのは暗黙の了承でもあった。

父親が電子機器会社に勤めていたこともあり、うさぎにとって物心ついた頃からパソコンは身近な物だった。放任主義の親たちは、うさぎがそれなりに勉強して、それなりに友達と遊び、夜はきちんと眠るという生活をしていれば、何時間パソコンに向かっていようとうるさく言うタイプでは無かった。むしろ父親はそんなうさぎを楽しげに見ていた。

一時期はFXや株などもやってはみたけど、いまいちしっくりこない。ネットゲームなんてものはプログラムが解析できてしまえば、うさぎにとって面白みのあるものでは無かった。
二人からの挨拶に答えながらもうさぎの指は手早くキーボードを叩く。
画面を見られては困るから、基本的にうさぎが座る席は壁際になる。

サンダー:今日は早いじゃん
ラスト:だな。何か面白いことでもあったのか?
グレー:あった。USのLSに昨日入った
サンダー:すげー
ラスト:何か面白いものはあった?
グレー:どうだろう。まだ中身は確認していない

US、米国にあるルナスペースという大企業にハッキングしたのはつい昨日のことだ。セキュリティーを破るまでがうさぎの楽しみなので、破ってしまった後はこれといった楽しみはない。それでも、何かあった時のためにファイルの一つや二つは頂戴してくる。けれども、今の所、何かあったことは一度もない。ファイル内容に興味が無いから三ヶ月何も無ければ基本的に破棄してしまう。

ファイルを元にして脅迫する、ということを一時期ラストに言われたこともあったが、そこまでする気力がうさぎには無かった。
確かに大金を手に入れようとすれば、案外簡単に手に入るものだと思う。でも、現実的に手に入れたところでうさぎにはそれを隠す術が余り多くない。高校生という立場からいって、大金は諸刃の剣でもあった。

何よりも、お金よりもうさぎはネットにスリルを求めていたところも大きいし、正直、うさぎは前にやっていたFXや株取引でのお金がある程度あったので今は必要としていなかった。勿論、そのお金は親にきちんと管理して貰っている。元手は親から出ているので、うさぎとしては自分のものという感覚も余り無かったが――――。

サンダー:そういえば、グラマー社が新しいセキュリティー会社やとったらしいぜ
グレー:前のセキュリティー会社はお役ゴメンになったのか。
グレー:悪いことしたかもしれない
ラスト:あんな穴だらけのセキュリティーだったんだからグラマー社には感謝して欲しいくらいだ

どうやら、セキュリティーが破られたことで企業が会社に見切りをつけたのだろう。まぁ、ラストの言うようにあの程度のセキュリティーなら見切りをつけられても仕方無いとうさぎも思う。

サンダー:残念ながら、新しいセキュリティー会社もあてになるか分からないけどな
グレー:どういうこと?
ラスト:システムセキュリティー社って聞いたことある?

そんな名前の会社は耳にしたこともないから素直に否定の言葉をキーボードで叩く。ありがちすぎる名前に笑いすら込み上げてくる。

グレー:ないね
サンダー:そう、誰も無いんだと
サンダー:ってことは、よっぽと新参か、どこかののれんわけって所でしょ
ラスト:まぁ、グラマー社にとって吉と出るか、凶と出るか

確かにうさぎたちが楽しんだ後、やはり情報はどこからか漏れたらしくグラマー社には連日ハッキングが行われている。
果たして新しいセキュリティー会社は使い物になるのか否か。

グレー:試してみたいな
グレー:新しいセキュリティー会社

国内にあるネットセキュリティー会社は網羅している。時折、セキュリティー会社と遊ぶのもこのメンバーの中ではいつものことだった。けれども、同じ相手とは遊ばない。それは自分たちの安全性のためでもあった。

サンダー:のった!
ラスト:面白そうだな
サンダー:他の連中にも声に掛ける?
グレー:かけないと怒るでしょ
ラスト:そうだろな、連絡しておく

お互いのメールアドレスは分かっている。けれども、お互いにそれを辿って身元を割り出すことはしない。
いや、お互いにそれをしたらルール違反でもあるし、お互いのレベルを考えても割り出そうとされた方にもそれは分かる。

そしてうさぎもこの場で使うためだけのフリーのメルアドをオープンにしている。勿論、そのアドレスも海外のフリーメールだし、メールを繋ぐ時には海外サーバーを幾つも経由しているので、追いかけるのは難しい。
確かに楽しい場ではあるけど、うさぎも慎重になっていた。目的に向かっている時には確かにメンバーを信用している。けれども、完全に信用しているかというと答えはノーだった。

特に場所を提供してくれるラストには特に警戒している。何かある度に、うさぎにハッキングで奪った書類を見せて欲しいと伝えてくる。けれども、それは自分の命綱であって他人にほいほい渡せるものでもない。
他のメンバーが知り合い同士なのかは知らない。考えたことはあるけれども、そこまでの興味は無かった。

ラスト:じゃあ、今晩二十一時
サンダー:了解~
グレー:分かりました

ゲームが始まるとなると、やっぱりワクワクする。一人で楽しんでいる時もそれなりに楽しいけど、人数が多い状態の方が楽しめる。勿論、それに伴い危険も無い訳ではないが……。

グレー:そろそろ落ちます
サンダー:おつー
ラスト:お疲れさん

接続を切る直前にメールが舞い込んだ。それはラストから全員に回されたメールで、今晩の予定について出欠を問うものだった。チャットに出たばかりだから自分が返信しなくても問題は無いだろう。
そのまま接続を切ろうとしたところにもう一通メールが舞い込んだ。それはディンブラからのメールで、今晩は参加しない方がいいというものだった。ディンブラはチャットには参加していなかったが会話は見ていたんだろう。
けれども、こうして警告めいたメールを貰うのは初めてのことで自然とうさぎの眉根が寄る。うさぎは掛けている眼鏡を指先で軽く押し上げるとキーボードの上で指を走らせる。

『どうして?』
『あそこはやめた方がいい』

あそこ、というのはシステムセキュリティのことだろう。

『何か知ってる?』

それに対しての返事は、うさぎがバーガーとジュースを食べ終えても無かった。返信を諦めたうさぎは接続を切ると全てのセキュリティーソフトを落としてからパソコンの電源を落とした。
家でネットを見ているのとは違い、長い時間ここでネットに繋げるつもりはない。やっぱり、あの場所は危険が伴う。分かっているからこそ、パソコンを手早く片付けるとゴミを載せたトレーを持って店を後にした。

* * *

家に帰りのんびりと風呂につかると、うさぎの口から自然と溜息が零れた。
あのメンバーの中で、サンダーは恐らく同じ年代か、少し上。プリンセスは女性で言葉はとても可愛らしい。正直、同じ女としてはあの可愛いらしさは羨ましくもあった。ディンブラは恐らくかなり年上に違いない。丁寧な言葉、どこか落ち着いた言動は大抵正論で、自分が浅はかな子供だと思い知らされることも数多くある。

そしてこれはうさぎの感でしか無いが、ディンブラは管理者であるラストよりもハッカーとしての腕前は上なんじゃないかとも思っている。
そういう意味あいでは管理者であるラストが一番分からない。熱しやすく冷めやすいラストはディンブラと余り気が合わないらしく、揉めていることもしばしばある。

想像だけで色々考えてはみたけれど、うさぎの想像はその程度のものでしかない。
ただ、気になりことは一つ――――正論派のディンブラのメールだ。
宛先はうさぎ一人へのものだった。危険だと分かっているなら全員に知らせるのが筋じゃないか。それなのに何で私にだけメールを寄越したのか。ただの噂程度ならディンブラは警告なんてしないに違いない。だとしたら、ディンブラは何を知ってる……。

――――まぁ、いっか。

少し早めに行ってもう一度ディンブラにメールしてみよう。返信が無いなら安全を考えて今日は止めておけばいいだけだ。別にうさぎ一人ログインしなくても怒るようなメンバーじゃない。うさぎにも高校生というグレーとは別の顔があるように、他のメンバーだってそれは一緒だ。別の顔に用事があればログインしないことだってある。

考えがまとまったうさぎは、最後にシャワーを軽く浴びると風呂を出た。キャミソールとデニムを身につけるとドライヤーで髪を乾かす。肩甲骨の辺りできっちり揃えた黒髪を乾かし終えると、いつものように三つ編みにすることなく部屋へと駆け上がる。

時計を見れば既に十九時を回っていて、慌ててパーカーを身に付けると少し大きめの鞄に愛用のノートパソコンを入れた。
愛用とはいってもノートパソコンは外出用で、部屋には二台のパソコンがある。プログラムなどを組む時には部屋にあるスペックの高いデスクトップパソコンの方が効率がいい。

けれども、ネットに潜るには自宅から接続するのは危険すぎた。だから家からネットを繋ぐ場合には、基本的に犯罪紛いのようなことは絶対にしないし、あのチャットにログインすることもない。
少し考えてから鏡の前にあるキャスケットを被ると、肩に鞄を掛けて家を飛び出した。

こういう時、共働きの両親には感謝だ。毎日遅くまで残業のある父親と、夜間勤務のある看護士をしている母親。罪悪感が無いと言えば嘘になるけど、高校生のうさぎにとっては気ままで優雅な生活でもあった。
今日は最初から長時間繋ぐことが考えられるから、最初から隣りの県に移動するつもりだった。隣県とはいっても駅で五駅も行けばもう隣りの県になる。

用心には用心を重ねて、一度使ったホットスポットは二度使わないように考えてるし、出来るだけ近場ばかり使わないように配慮はしてる。監視カメラがあるようなネットカフェには入らないようにしてるし、基本的にファーストフードでもカメラの死角でパソコンを立ち上げる。万が一場所を特定された場合、監視カメラで顔を見られたら意味が無い。

何よりも、最近は色々と遊びすぎたせいか、メンバーの素性をやっきになって探している連中すらいる。向こうにとっては遊びでも、素性バレはこっちにとって死活問題だ。
家から五分のところにある駅に到着すると電車に乗る。
どちらにしても五駅先の新宿駅は大きな街だし、幾つものホットスポットが存在する。うさぎが目星をつけているのは三ヶ所だけでも、まだ幾つも条件を備えた場所が存在するに違いない。

新宿駅に到着すると、駅から歩いて十分のところにあるカフェに入った。何かをするのにここが安全だと思ったのは、すぐ近所に幾つかのホットスポットが存在するからだった。残念ながら周りの店は条件外ではあるけど、隠れ蓑には丁度良かった。
うさぎがこのカフェを知ったのはつい二週間前のことだった。友達である利奈と紗枝と一緒に近くの大型ショッピングモールに遊びに来た。その時、本当ならショッピングモール内でお茶をするつもりだったけど、余りの混雑振りにここに辿り着いた。だからうさぎは二週間前までこの店を全く知らなかった。

自分はラッキーだと思いながらも店の扉を開ければ、客層は昼に比べて年齢層が随分と高い。それこそ友達と来た時には学生の姿も多く見えたけど、今はどちらかと言えばサラリーマンやOLの姿が目に付く。
余りお腹が空いていなかったこともあり、カフェラテだけを頼む。少し店内を見回し、壁際の空いた席を見つけるとうさぎはそこへ腰を落ち着ける。店内にある時計を見れば二十時を回るところだった。

少しカフェラテの味を楽しんでから、のんびりとパソコンを取り出し小さなテーブルの上に広げる。パソコンが立ち上がる間に携帯をチェックすれば利奈からメールが着ていた。

『(* ̄o ̄)ゝオーイ!!
うさぎ遊んで~、ひま~』

相変わらず顔文字の多い利奈のメールに少し笑うとうさぎは手早く返信する。

『今は無理。ごめんね。明日また学校でネ!』

送信ボタンを押してから複雑な顔になる。理由も書かずに送ったら明日何を言われるのか予想するとちょっと面倒だ。夜は何度ネットしてるからと言っても、利奈は信じてくれない。それ所か彼氏がいるんじゃないかと疑ってくる。確かにいれば楽しい毎日だろうけど、正直、彼氏に使う時間が今は作れそうにない。

それにうさぎは元々男性というものが苦手でもあった。小さい頃に男の人に悪戯されかけたのがトラウマで、今も余り近付きたくない。
ネットなら平気なのになぁ。
そんなことを考えつつも、いつものように防壁ソフトやセキュリティーソフトを余念なく立ち上げてからネットに繋ぐ。勿論海外サーバーを複数経由させることも忘れない。Webメールを立ち上げると、うさぎはようやくディンブラにメールを送った。

『システムセキュリティーについて、知ってることがあったら教えて欲しい』

時間は二十時過ぎ、社会人であればまだネットに入っていない時間という可能性もある。十分しても返信が無ければ、一旦回線を切るつもりだった。けれども、予想していたよりも早くディンブラからメールは返って来た。

『あの会社の社長は切れ者だ。グレーの腕でも怪しい』

求めていた返信よりも、正直二行目の文章がうさぎにとっては嬉しかった。
うわー、どうしよう。あれだけ腕のいいディンブラにちょっと認めて貰えてるみたい。ちょっとくすぐったい気分。
けれども、そのことには触れずうさぎは再びメールを打つ。

『メンバーには教えないの?』

それに対しての返信もすぐに来た。

『ラストにチャットから弾かれた。一応ラスト以外のメンバーにもメールだけはした』

どうやらうさぎがいない間にラストとディンブラは揉めたらしい。そして、最終的に権限を持つラストがディンブラをチャットから弾き出したんだろう。
いずれそうなるんじゃないかという気持ちはあったけど、実際そうなると不安もある。ディンブラの的確な指摘にメンバーは助けられていることも多々ある。

あそこに出入りするにはそろそろ危険かもしれない。恐らく、他のメンバーもうさぎが気付くくらいなのだから気付いているに違いない。

『ディンブラはどこでシステムセキュリティーについて知った?』

けれども、先ほどのようにメールの返信はすぐに来ない。
画面端に立ち上げていたソフトが慌しく動き出し赤ランプを点灯させる。誰かがネットを介して自分のパソコンへアクセスしようとしているのがそのランプで分かる。慌ててメール画面を閉じると、防壁ソフトに防御プログラムを流し込む。けれども、進入は止まらない。

不味い、これ以上の進入は本気で不味い――――!

パソコンの電源ボタンを押すけど電源ボタンのスイッチは切れない。慌ててパソコンを閉じて引っくり返すとバッテリーを抜き取った。途端に動いていたパソコンの微かな震動が無くなった。
うぅ……これはダメかもしれない。こんな状況でパソコンのバッテリーを抜けば、ハードディスクは壊れているに違いない。何よりも、一番怖いのはパソコン本体が壊れている可能性があることだ。

今まで進入されたことが無い訳じゃなかった。けれども、大抵のものは防御プログラムでどうにかなったし、それをすり抜けても相手に合わせた新たな防御プログラムをその場で作り流し込めば進入を防げた。

――――速かった。

恐ろしい速さでの進入はこれまで出会ったことのないほどの腕で、一瞬身震いするとすぐにパソコンを鞄に片付ける。飲みかけのカフェラテをそのままに席を立つと急いで店の出口へと向かい歩き出す。バッテリーは抜いたものの、この場所を探り当てられた可能性もある。
だからこそ扉を開こうとした時、丁度外から人が入ってきた。

「あ、すいません」

ぶつかりそうになり謝れば、相手の男は「こちらこそ申し訳ない」と丁重に謝ってきた。スーツ姿の男の人は余程急いでいるのか、すぐに店内を見回す。どうやら誰かと待ち合わせをしているらしい。
着ているスーツは一目で高級なものと分かったし、顔立ちは涼やかでエリート然としているように見えた。それに身長は一八〇以上はありそうに見えたし、均整のとれた大人、二十代後半だと予想した。

凄いイイ男見ちゃった。

そこはうさぎだって女子高生。苦手であってもいい男は目の保養にだってなる。しかも稀に見るモデルばりのイイ男の人とくれば話しは別だ。
後で利奈と紗枝に報告しなくちゃ。
そんな思いを胸に夜の街へと足を踏みだした。どちらにしても今日はこれ以上、ネットに繋ぐ危険を冒すようなことは出来なかった。

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