run down Act.05

挨拶と共に勧められた椅子に腰掛けた落合美園は、渋澤涼子とは全く違うタイプだった。

おっとり薄幸タイプの渋澤に対し、落合は少しきつめのキャリアウーマンという感じだ。黒髪ショートの落合とふわふわした茶系の渋澤というところでもタイプの違いが浮き彫りになる。

余りにも対照的ともいえる二人の繋がりが気になるが質問は差し控え話しを聞くに止める。

渋澤と美園は大学からの友人で、渋澤が言った通り放火のあった日は一緒に飲んでいたと話す。店のレシートも持っておりそれを確認すれば来店時間と会計時間、人数まで記載されていた。

店への確認は後日に回し落合が前山浩介と品川真一を知っているかを問い掛ければ、そのどちらも渋澤から聞いて知っていると言う。

「品川さんとは付き合い長かったから色々聞いてますよ。不倫だからやめた方がいいって何度も言ってたんですけど……。前山さんと付き合った時には正直ホッとしたんですよ。でも、前山さんとも上手くいかなくて結局不倫に逆戻りしてしまって」
「話しを遮ってすみません。前山さんと付き合う以前から品川真一とは付き合いがあったんですか?」
「えぇ、大学時代からだからかれこれ六年以上の付き合いになると思います」

確かに渋澤は品川と付き合っていたと言っていたが、まさか前山と付き合う以前から交際があったとは考えてもいなかった。

それは単純に聞かれなかったから話さなかったのか、それとも故意に隠そうとしたのかはわからない。

「前山浩介と付き合っている時、品川真一との付き合いは?」
「あの子は言わなかったけれど、恐らく付き合いはあったんだと思います。そうでなければ前山のストーカー行為から涼子を助けることなんてできなかったでしょうし」
「前山からのストーカー行為のことは知っていたんですか?」
「えぇ、涼子から聞いていました。会社の前で待ち伏せしていたり、家まで着いてきたり。警察に届けを出すようにも言ったんですけど涼子は会社の関係があるからって渋ったんですよ」

話す落合も緊張はしているのだろう。コーヒーカップを持つ手が微かに震えている。確かに刑事四人に囲まれて話しを聞かれるなんてことは日常ではありえない。

「もしかして涼子が疑われているんですか?」
「いえ、関係がある方には事情を聞くことになっているんですよ」
「涼子は人を殺したりしませんよ。あの子、本当におっとりしていて他人が傷つくことを率先してやるタイプじゃありませんから」

きっぱりと落合は言い切ったが、俺から言わせて貰えば疑問だ。他人を傷つけたくないのであれば不倫なんてしない。

それは誰の心にもあったのかもしれず落合の言葉に言及する者は誰もいない。

友人を庇うのは当たり前のことだ。俺だって数少ない友人に疑いが掛かったとしたら庇うに決まっている。もっとも庇う程仲の良い友人なんて存在しないが。

だが元々不倫に反対していたのでれば、落合からすれば品川の存在は邪魔だったのは確かだろう。大学時代からの友人関係が続くことは然程多くない。続いたとしても会う回数は激減し疎遠になっていくものだ。

流れた沈黙に俺は口を開いた。

「渋澤さんとはどれくらいの頻度で会ってるんですか?」
「大体週末は一緒にご飯を食べたりしますね。ここ最近は二、三日置きに涼子の家に行っていましたけど」
「病気か何かだったんですか?」
「いえ……品川さんに振られたんですよ。それで酷く落ち込んでいて心配だったからここ一ヶ月程はこまめに夕飯を一緒に食べたりしてました。放っておくと何も食べずに家でぼんやりしていたりしたので。本当言うと品川さんに振られるんじゃなくて、涼子からきっぱり振ってしまえば良かったんだと思うんですけどね。そしたら傷にもならなかっただろうし。あんなに痩せちゃって……」

渋澤だっていい大人だ。傷ついた時に傍にいてくれる人は貴重かもしれないが、そこまで肩入れするものなのだろうか。その距離感が理解できないのは自分が男だからなのか判別がつかない。

べったりとも言える友人が傷ついた時、果たして相手に対して殺意は芽生えるのか————。

帰ったら伊緒里にでも聞いてみるかと思いつつさらに口を開く。

「因みに落合さんは前山と品川、どちらかと会ったことがありますか?」
「あります。……もしかして、私も疑われているんですか?」
「いえ、関係者全員に聞いてますから」

お決まりの文句を並べてみたが落合は軽く眉根を寄せた。

「どちらとも涼子の紹介で一緒に食事をしたことがあります。不倫なんてする男の顔を見ておきたかったのもありますし、品川さんの件もあったから前山さんもどうなんだろうという心配もありましたから」

確かに顔合わせくらいは友人にするかもしれないが、落合の遣り方は少し友人という枠を踏み込みすぎている気がしないでもない。

だが渋澤同様に俺の勘はピンとこない。もしかしてついに勘が働かなくなったかとも考えたが、前山の時には働いたのだからそれはないと思いたい。

第六感に頼る捜査っていうのも余りよくないと思いつつ、今後は遣り方なども考えないといけないかもしれないと初めて思い始めた。

恐らく気になっていたことは全部聞いた。刑事の一人がレシートを写真に撮らせて貰い落合には礼を言ってその場で別れた。

刑事二人は落合が残したレシートの店に一応出向くとのことだったが、謝罪しつつ同行は断った。既に時間は二十時を回ろうとしており、俺は焼死体となった遺体のある場所へ気持ちは急いた。

早くしなければ遺体は遺族に引き渡されてしまうだろう。そうなれば通夜なり葬式なりに足を運んで確認していくしかなくなる。

一緒にいる竹居に個人的に動くからどうするか聞けば同行すると言われ、今度は俺がハンドルを握り監察へ向かう。

十分程で到着すれば、同行していた竹居に驚いた様子はない。恐らく先ほど遺体云々について話していたからだろう。

担当の監察医と話しをして遺体が引き取られていないことを確認すると、親族よりも先に遺体引き渡し室に足を運ぶ。遺族を十分程しか待たすことができないと言われていたので、すぐさま遺体に駆け寄り一人ずつ確認していく。

第六感が遺体に有効かどうかはわからない。だがこれでクロが出れば事件の証拠を探すのは格段と楽になる。

遺体に心の中で問い掛ける。自殺ですか、と。

炭になった遺体には小さなものもあり痛々しかった。全てが揃っている遺骨はまだいい。中には頭部と胴体しかないものもある。残りはまだ焼け跡に残されているのだろう。

自殺だったとしても他人を巻き込んだのであれば許せない。だがそれ以上にこれだけの人たちが第三者に殺されたのだとしたら堪らなく許せない。

だからこそ犯人を捜し出したい。ただ殺されて人たちのために。

乳幼児以外の十三人に問い掛けたが、やはり答えはなかった。それは遺体では反応が返らないのか、それとも自殺ではないという証明なのかはわからない。

だが反応する人がいなかったことにホッとしている自分もいる。殺人ならいいという訳ではないが、自殺に巻き込まれるというのは本当にやるせない思いになる。特に親族にとっては、どうしてという思いが強くなる。

反応がないことをもう一回りして確認すると小さくため息をついた。最初から大きな期待ではなかったから落胆はない。

出入り口まで歩くと改めて黙祷を捧げる。扉横で待っていた竹居がつぶさに俺を観察しているのがわかっていたけど今は何かを伝えるつもりはない。

「出ましょう」

促して遺体引き渡し室を出ると担当者に挨拶して監察を出た。車の前で立ち止まれば真剣な顔をした竹居が自分を見ている。

「竹居さん、これからどうしますか?」
「お前はどうするんだ」
「俺はそのまま帰ります。まだ引越の荷物が纏まっていないんで」

本当はほぼ荷物なんて纏まっているから引越の用意なんて必要ない。これから新宿署に行ってデータ流出の件についてさらに詳しく聞く予定だ。

今現在、俺の勘に引っ掛かるのは前山のみだ。どちらの事件に反応しているかわからないが、被疑者を絞るためにも人数を減らしていくしかない。

そのためにはどちらの事件に前山が関与しているのか調べないといけない。グチを零していた同僚もこの時間ならまだ署内にいるだろう。

「車、俺が戻しておきますか?」
「いや、本部に立ち寄ってから帰るから俺が持って帰る。ここから帰る方が近いだろ」
「助かります」

へらりと笑ってみせれば竹居も笑みを浮かべた。だがその目が笑っていないのは気のせいじゃないだろう。

「それじゃあお先に失礼します」
「気をつけてな」

その言葉に一礼して踵を返したが背後からの視線が痛いくらいに突き刺さる。でも振り返ることはせず駅へ向かって歩き出した。

駅まで十五分ほどの距離を大通り沿いに歩く。最初ゆっくりだった足は徐々に足早になり、駅へ向かって歩みを止めることはない。

歩きながらもどうやって関係者と会うか考えていれば、少し離れたところからスリだという叫び声が聞こえる。

思わず足を止めれば前から来た人と肩がぶつかる。

「すみません」

足早に立ち去ろうとするその人の腕を掴んだのは偶々だ。

「怪しい人見掛けませんでしたか?」
「え? あ、あっちに走って行った人が」

そう言って男が指を差した途端、ピンときた。

「お前かっ!」

掴んでいた腕を後ろ手に拘束すれば男は逃げ出そうと足掻く。勿論しっかりと押さえていれば駅近くだったこともあり、駅前の交番から数人が駆け寄ってきた。
その中の一人は見たことのある巣鴨署の人間だった。

「鷲見さん」
「お疲れ様です」
「またですかー」
「はい、またです。すみません」

思わず謝ってしまうのは管内でもないのに捕まえてしまったからだ。新宿署に近いこともあって巣鴨署には何人も知人がいるが大抵はこんな出会いだ。

年配の人は嫌そうな顔をする人もいるが同年代の人には呆れたような顔をされるだけだ。犯人を逃がすよりはマシくらいに思われているのかもしれない。

すぐさま制服警官に男を引き渡せば男が暴れながらも派出所へと連行されていく。二人で何となくそれを見送っていたが巣鴨署の警官が視線を鋭くした。

「あの男、凶器持ってるんですか?」
「え? 持ってなかったですけど」
「でも血が!」

促されるままに指先へと視線を向ければ、そこから血の滴が落ちる所だった。

「あー、これ今朝ヘマしたんですよ。あの男とは無関係です。いやぁ、さすがに凶器持ってたら言いますって」
「結構深かったりします?」
「いや、大丈夫です」
「だったらうちで手当てしますよ」

今朝、鉄警でも手当てして貰ったが、すっかりガーゼには血が滲んでいる。いや、滲んでいるなんて可愛いものじゃなく滴っている。

そう言えば伊緒里にも今朝病院に行けと言われていたけどすっかり忘れていた。どちらにしても指が動くのだから然程問題はないだろう。

ポケットからハンカチを取り出してガーゼの上から押さえると、見知った警官と共に巣鴨署へ向かった。このままだと電車には乗れないし、病院に駆け込むには微妙どころではない時間だったこともある。

巣鴨署に入りすぐさま正面にいる女性が救急箱を貸してくれる。巣鴨署にも出入りしたことがある関係で女性警官も知った顔だ。

既に人気のない受付で手当てをして貰えば、出入りする警官にも知った顔が幾つかある。その度に挨拶していたが、やはり手当てをしてくれた女性警官にも病院を勧められた。

それを笑顔でやんわり躱しつつ巣鴨署を後にした時、時刻は二十一時を回ろうとしていた。焦りつつ電車に乗り込み新宿駅で降りるとそこからは歩きだ。

足早に歩きながらも途中で駅構内の途中で潰れた酔っ払いを交番に預け、駅を出てから殴り合いになっているカップルを新宿署まで連れて行きながら到着した。

すぐさまカップルは地域課の見慣れた連中に引き渡し、その足で刑事課に入れば驚いた顔で出迎えてくれたのは先日まで刑事課強行犯係で一緒だった先輩だ。

「どうした鷲見。早速本部で首になったか?」
「違いますって。加藤の奴、まだいます?」
「さっき資料室に行ったぞ。礼の犯人捕まってなくてイライラしてるから余りからかうなよ」
「そんなことしませんて」

笑いながら答えて資料室へと向かう。ノックを二回すれば中から加藤の返事があり扉を開けた。

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