JOAT Chapter.VII:届かない思い Act.01

本当は恥ずかしいけど、もう背に腹は代えられない。この二ヶ月でお金は貯めた。その間にもどんどん酷くなったけど、とにかく人の手を必要としてた。
財布の中から一枚の名刺を取り出す。そこに書かれている電話番号に電話をすれば、数回のコールですぐに相手が電話に出る。
「はい、JOATです」
「あ、あの、釘宮と言いますが、汚部屋掃除ってお願いできますか?」
「オベヤ? どういう状況でしょうか」
自分では普通に使っていたけど、普通に浸透している言葉じゃないことに気づき慌てる。
「汚い部屋ってことです。その本当に凄くて……」
「一度下見をして、それから金額を決定することになると思います。一軒家ですか? それとも集合住宅ですか?」
「アパートです。大家さんが近くにいるので、できたら回りに知られないようにお願いしたいんですけど」
そう、大家さんが結構口うるさい人で、何度かゴミを開けられて分別ができてないと怒られた。それからゴミを出すのが億劫になってしまい、気づけばゴミ屋敷を気づいていた。
ベッドの上以外、ひたすらゴミが散らかっていて、床なんて全く見えない。
それでも何度か自力で頑張ったこともあったけど、一回自力で頑張っても疲れて次に気合いが入るのは二週間後とかだから、あっという間に部屋は汚染されていく。
気づいた時には膝丈まで積まれたゴミと必要な物の山の中から、必要な物を探し出すことができなくなっていた。
「何階にお住まいですか?」
「一階です」
「それでしたら、夕方から早朝にかけてやらせて頂ければどうにかなると思います」
それだと自分が寝る時間がなくなり日中の仕事に響く。社員二年目でフラフラしてる姿は見せたくない。
正直、この部屋に盗られて困るものは数多くない。それなら割り切ってしまった方がいいかもしれない。そもそも、片付けを見ているのは苦行に近い。
「立ち会いって必要ですか?」
「鍵をお預かりできるのでしたら必要はありません」
「その……作業に来る人は男の人ですか」
「申し訳ありません。当方、男性スタッフしかいないので。もし気に掛かるようでしたら他社への依頼をお勧めします」
普通であれば何かと言い訳をつけて自分のところで仕事を取ろうとするのに、そういうガツガツした雰囲気がない。
セールストークを並べられるよりもずっと気分はいい。男相手だろうと女相手だろうと恥をかくのは一緒だ。
「いえ、そちらでお願いします」
「それでしたら、下見にお伺いしたと思いますが、いつが宜しいですか?」
「それじゃあ、明後日土曜日はどうです?」
「分かりました。こちらから二名で伺わせて頂きます。今回だけ立ち会いをお願いできますでしょうか」
「分かりました」
そこからは住所や名前、電話番号を知らせて電話を切り、少しだけホッとする。
三ヶ月前までは片付けるための一歩すら踏み出せなかった。半年前には片付けようとするための気力すらなかった。前向きになった今、どうしてもきちんと片付けてやり直したい。
汚部屋になる前までは普通に一人暮らしを満喫していた。仕事の都合で引っ越してきて、この場所でゴミを出すのが面倒だと思い始めた頃、全く違う業種に回されてやさぐれた。
その頃に彼氏と別れたのも大きかった。徐々に生活が荒み、部屋が汚くなり、家に帰るのが嫌でホテルや漫画喫茶で夜を過ごすことが増えた。
そうなると貯めていたお金を切り崩す形になり、給料日直前になるとカツカツの生活になっていった。
生活が荒むと仕事も上手くいかなくなり、もう全てがボロボロになった。
それでも、三ヶ月前に気持ちが上向きになったのは、同じく他業種から回されてきた新人の桐生くんの存在だ。
最初こそチャラ男などと馬鹿にしていたけど、私なんかよりもずっと仕事は丁寧で、回りに気遣う人だった。
人当たりも悪く無いし、何で窓際部署とも言われるうちに飛ばされてきたのか聞いてみれば、長髪を切れと言われて上司と口論になったらしい。
まぁ、確かにその長髪を見て私自身もチャラ男だと思ったから上司の言い分も分かる。けれども、願掛けしているから切りたくないという桐生くんの言い分も理解できた。多分、社会人としては甘い気がしないでもないが。
それから、荒んでいた生活が徐々に落ち着いてきた。桐生くんと一緒に夕食を食べたり、昼休みにランチの店を開拓したり、それはそれで楽しい毎日だった。
そして、三ヶ月前、入社一年にして会社を辞めた。大学時代から社会人になった一年で貯めたお金で友人と会社を興すことにしたらしい。
それを聞いた時、素直に凄いな、と思った。窓際部署でやさぐれてる私とは違い、きちんと将来を見ていたんだと思ったら自分が恥ずかしくなった。
とにかく変わりたい、このままじゃあダメだ。そんな気持ちでこの二ヶ月は散財を抑えた。できるだけ部屋の掃除もした。
でも、この調子だと部屋が片付くのは何年もさきになりそうだった。だから、思い切って桐生くんに渡された名刺を頼りに電話をしてみた。
実際、どうなるかは分からない。人任せなのは頂けないけど、自分で今やれる最大限のことはやってみたかった。
とにかく、土曜日までは会社から帰りできる限りの片付けをした。ただ、ゴミも出せる日が決まっているので、ビニール袋に入ったゴミを部屋に積み上げることしかできない。
そして土曜日になり、約束の時間にJOATの二人は現れた。
正直言おう。同年代の男の人で部屋に入って貰うのは本気で死ぬほど恥ずかしかった。でも、ここで諦めたら次の何でも屋を探すまで、また言い訳をつけて伸ばすのは目に見えていた。
今、私に必要なのは勢いだった。
「JOATの円城寺です」
「同じく岸谷です」
「釘宮です……あの、本当に汚いんです」
そんな私の言葉に笑顔を見せたのは岸谷だ。
「大丈夫ですよ。あ、もしかしてゴミが天井まで積み上がっていたりします?」
「いえ! そこまでは」
「なら大丈夫ですよ。部屋って精神的に参っていたりすると汚れて手がつけられなくなることもあるんです。だから、余り気にする必要はないですよ。まぁ、依頼を頂けるならきちんと綺麗にするし、綺麗にするからには綺麗に住んで欲しいな、とは思いますけど」
何だか岸谷さんの明るさは、ちょっとだけ桐生くんに似ていた。それだけに恥ずかしさが倍増だけど、もう開き直るしかない。
「どうぞ。とにかく大体の金額が知りたいので」
そう言って扉を開けて二人を中に招き入れると、二人は早速部屋に上がり私に断りながらも扉を開けていく。
「きちんと自分で頑張ろうとしたんですね。うん、こういう遣る気がある人は素直に応援したくなるな」
「本当にこれだけですみません」
「え、謝る必要ないですよ。むしろこっちがお礼言わないと。仕事を多少でも減らしてくれて有難うって」
少しちゃかすような口調で話す岸谷さんに、思わず笑ってしまえば岸谷さんも同じように笑う。
「トオル」
円城寺さんの声に岸谷さんはすぐに駆け寄っていってしまう。部屋に他人がいるのは落ち着かないけど、とにかく今は我慢するべきだ。そもそも、自分がここまで散らかしたのだから、この羞恥は自分が受けるべき罰でもある。
そして、二度とこんな恥ずかしい思いをしないためにも、これからはきっちりしていかないといけない。
そんなことを考えていれば、円城寺さんに名前を呼ばれた。
「全部屋見せて頂きましたが、これなら日数としては三日もあれば綺麗になります」
「本当ですか?」
「えぇ、金額の方はこれになります」
渡された紙を見るのは怖かったが、そこに書かれていた金額は考えていた金額よりも多かった。
「こんなにかかるんですか!?」
「正直、分別されていないゴミを廃棄するのが一番の問題なんです」
「えっと……多分、うちは安い方だと思うよ。もし不安だったら他で確認して貰ってもいいから」
恐らくさき電話に出てたのは円城寺さんの方だ。そして、岸谷さんも無理に自分たちのところで行おうとはしない。
確かに部屋一杯に広がるゴミは、この三日やっただけでも分別するのがとにかく大変だった。分別すれば無料で引き取ってくれるゴミだけど、分別しなければやっぱりお金が必要となるのだろう。
「……分かりました、お願いします」
「え? いいの? 確かにうちも安い方だけど、もしかしたらもっと安いところがあるかもしれないし」
「いいです。今お願いしないと、またぐだぐだしてダメな気がするんです」
確かに自分が予想していたよりかは高かったけど、払えない金額じゃない。グダグダするくらいなら、今すぐ頼んでしまいたかった。
「じゃあ、場所変えて書類に記入して貰っていいかな。駅前にカフェとかあったよね」
その言葉に頷くと、二人と共に私も部屋を後にした。

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