JOAT Chapter.VI:シンデレラ症候群 Act.04

「大丈夫か?」
部屋に入ってくるなり声を掛けてきたコウに俺は肩を竦めて見せた。
「ダメだな、これは」
今まで俺が見ていたのは事務所のパソコンで、それはこっぴどく壊されていた。
「コウの方こそ、日誌類は大丈夫だったのか?」
「あれはここを空ける時には持ち歩いてるからな」
「一応、これを復帰してみるけど、ダメだったら諦めてくれ。また日誌類からデータに移していくよ」
「わかった……でも、これでここ数日の狙いがわかったな。トオル自身を含めたデータだ」
「まぁ、そうだろうな。あー、俺、マジで何やったんだろう」
正直、ここ最近かなり普通とは言いがたい依頼を受けている。でも、そこまでヤバい依頼は余り受けていないし、受けたとしても恨んでいる人間はまだ裁判中などで動ける人はいない。
だとしたら、振り返るのは過去だ。恐らく、あの一家には間違いなく恨まれているだろう。
だけど、それをコウに話してもどうしようもない。過去は過去であって、今のコウには関係ない。
「あー、今日の依頼はいけた?」
「余裕だな」
どうやら話しを逸らしたことに気づきながらもコウは乗ってくれたらしい。実際、きちんと依頼の結果だけは聞いておきたかった。
「俺は白々しすぎて笑っちゃいそうだったけどな。っていうか、あれで微塵も疑わない辺り、大丈夫なんかねー」
「いいんだろう。別に誰も損はしていない」
「確かに損はしてないけどな。みんな打算の上に成り立ってるだけだし。バカバカしい」
依頼者は確かに六条優花だった。だが、俺たちが依頼主としていたのは六条家、正確に言えば優花の父親からの依頼だった。
婚約者と急速に距離を近づけるための依頼。勿論、この依頼のために穂高にも一肌脱いで貰った。
まぁ、上手くいったのであれば問題はないんだろう。あのお嬢様的には。
「夢見がちなお嬢さんの夢はいつ解けるんだろうねぇ」
「ああいうタイプは一生解けないだろうな。そもそも、穂高氏が安易に解かすとは思えない。正直、結婚するには一番楽なタイプだ。外で何して遊んでようと花束でも持って帰れば気づきもしないタイプだ」
「うわぁ、お前、俺の夢まで壊すなよ……」
げんなりした顔で言ってみたが、やっぱりコウは素知らぬ顔だ。
既にパソコン修理も諦めソファに座ってから改めて室内の様子を見るが、どうにも見栄えがいいものではない。扉という扉は開けられ、床には書類が散乱している。
勿論、部屋にあった金庫もこじ開けられていたが、そこから金銭的な物は何もなくなっていない。
「悪かったな、馬鹿馬鹿しいことに付き合わせて」
唐突ともいえるコウの謝罪に俺としては苦笑するしかない。今回の依頼に関してはコウが乗り気じゃないことは知っていた。
「まぁ、コウの親から頼まれたんじゃあお断りなんてできないだろ。そもそも、親父さんだってお付き合いがあるだろうしな。っていうか、そういう身内騒動を伝える程、円城寺家と六条家って仲良しな訳?」
「いや、そんなことは……」
ふと言葉を止めたコウは、そのまま何かを考え出してしまう。そして、数秒すると携帯を片手にどこかへ電話を始めた。
「浩輔です。……えぇ、きちんと終わらせました。……えぇ、そうですね。いえ、今回一つお聞きしたいことがあって電話をさせて頂きました。今回、あなたが六条家に僕のことを伝えたのですか?」
どうやらコウはどういう繋がりで六条家との繋がりを持ったのか気になったらしい。そういえば、つい最近、新規の依頼がどこからという話しをしたばかりだったから気になっているのだろう。
でも、ここまであからさまに狙われているのが俺だと分かれば、今さらそれを調べたところでコウと関係あるとは思えない。
狙いが俺だとすれば、既にコウには十分に迷惑を掛けている。実際、昨日は俺が六条家の別荘に行く予定だったが、それに行けなかったのは再び暴漢に襲われたからだ。
西垣も随分怪しんでいるし、一旦、落ち着くまでここを離れることも考えた方がいいのかもしれない。
「トオル」
不意に名前を呼ばれて顔を上げれば、やけに神妙な顔をしたコウがこちらを見ている。
「今まで受けてきた依頼人にタナカという人物は何人いる」
「は? えっと……俺の記憶では毎回犬の散歩を頼む田仲さんしか記憶にないんだけど」
「そうだな……」
「何だよ、一体」
「何人か仲介が入っているようだが、六条家はタナカという人物に紹介されたと話していたそうだ。何でも最近世話になったそうだ」
「まぁ、確かに田仲のじいさんならつい最近も依頼貰ったけど……田仲のじいさんって、六条家に繋がる人とは思えないんだけど……」
少なくとも依頼を受けている田仲はいかめしい顔をした頑固じいさんだ。正直言えば、社交的とは言い難く、とても上流階級に馴染むような人ではない。
むしろ金持ち嫌いだといってもいいくらいで、質素な生活をしている。だから円城寺が行けば途端に不機嫌になるようなじいさんだ。
「……偽名を使っているのかもしれない。お前はこの間依頼のあった安住さんに連絡して紹介先を聞いてみろ」
「いや、でも狙われてるの俺だし、そこまで調べなくても」
「そのままにしておくには気持ちが悪い」
「あーはいはい」
言い出したら聞かないのはコウの悪い癖だ。まぁ、確かに俺自身も奇妙な気はするからすぐにスマホを取り出すと、登録してあった安住に電話をする。
安住の電話は二コールで繋がった。
「JOATの岸谷です。先日はお世話になりました」
「こちらこそお世話になりました」
相変わらずハキハキとした話し方は好感の持てるものだ。だが、のんびり世間話をするために電話を掛けた訳ではない。
そもそも、依頼人に再度こちら連絡を入れるのはこの業界ではタブーに近い。
「すみません、実は聞きたいことがあって電話させて貰ったんです。安住さんをうちに紹介して下さった方のお名前を聞いても大丈夫ですか?」
「サトウさんです。何でもそちらで一度お世話になったことがあるって言ってたけど」
その名前を聞いた途端、思わず眉根を寄せた。日本で一番多い名前ではあるが、少なくともうちの顧客になったことはない。
「失礼ですがどんな方ですか?」
「えっと、五十代くらいの紳士な方でした。よく顔を見掛ける方ですけど知人ではないんです。、電柱に貼ってあった何でも屋の広告を見てたら声を掛けられて、どうせならJOATに頼んだ方がって言われたんだけど」
「それでよく電話をしてきましたねぇ」
思わず感嘆とした声になってしまったが、電話向こうの安住は楽しげに笑う。
「だって、電柱に貼ってある広告に電話しようとしたくらいなんだから、紹介があるならそっちの方がマシな気がしたの」
確かに気持ち的には分からなくもない。安住は会話した感じ、ネットには疎そうなイメージだった。
ネットを駆使する自分にはネットから拾う情報が多いが、ネットに疎い人間にとって何でも屋なんてものは、それこそ電話帳で調べるくらい遠いものだろう。
「依頼の後、その方とお会いになったことは?」
「そういえば……依頼して紹介して貰ったお礼をしてからは会ってないかも。何か問題でもあった?」
「あったようななかったような……どういう顔してたか説明できます?」
「難しいことを言うわね……普通にスーツ着て紳士的な人。眼鏡とか髭はないし、顔は面長な感じで終始ニコニコしてたけど……特徴らしい特徴ってないかな」
「何か思い出したら俺でもコウでも構わないので連絡貰えます?」
その問い掛けにあっさりとオッケーをくれた安住に礼を言って電話を切った。同じタイミングでコウが電話を切るのが見える。
「コウは誰に電話だ?」
「海外に逃がした篠崎さんだ。一応、念のために連絡先を聞いておいたからな。そっちはどうだ」
「サトウさんだってさ。そっちは?」
「こっちはチラシが郵便受けに入っててそれで電話をしたらしい。だが、あの時期、チラシは蒔いていない」
「安住さんもばったり出会った人に紹介されたらしいんだよねぇ。何か胡散臭いなぁ。もう少し後押し欲しいし、他の人にも紹介者を聞いてみたいな」
俺の意見に同意を示すように頷いたコウは、しばらく考えた様子だったが顔を上げた。
「……西垣さんにお願いしてみるか」
「それって可能か?」
「わからない。だが、他に方法もない」
「正直、俺、今はあの人に余り関わりたくないんだよなぁ。何か痛い腹まで探られそうで」
「それなら俺が連絡を取る」
言うなり円城寺は電話を初めてしまい、俺はソファの背もたれに身体を預けた。
紹介者にきな臭さは確かに感じる。だが、今現在直接狙われている現状で、紹介者などと遠回しなことを仕掛ける理由がわからない。だとすれば、別件ということなのか。
俺自身がもしかしたらと思うのは、もう十年以上前にやからしたあの一件だ。
あれは小学五年生の頃だった。
ネットで色々な情報が手に入るようになっていた俺は、かなり有頂天になっていた。情報を引き出してネットで晒して褒めて貰えることが嬉しくて仕方がない子どもだった。
補導される引き金になったのは、手に入れた一つの家族の住所と名前。それは連続殺人を犯した男の家族の名前と住所だった。
凶悪殺人と言われたその犯人は十七歳だったために氏名公表はされなかった。けれども、警察のネットワークから名前を手に入れた俺は、軽い正義感のためにそいつの名前と住所、家族の名前をネットに晒した。
それは子供ならではの正義感でもあったし、ネットで言われていた未成年でも名前を出すべきだという声に押された部分もある。
俺が晒したそれは、恐るべき早さでネット内を巡った。実際、晒した住所に行った奴も現れ、投石されたり、家族が精神の病を煩った。
でも、それを知ったのは俺が晒してからしばらく経ってからだ。
名前と住所を書き込んだことで、俺はその一週間後に警察で補導されることになった。懇々と説教され、親にネットを取り上げられ、とにかく何が悪いかわからないまま怖くなってひたすら謝った。
でも、その時は内心、みんなが知りたがっていることを教えて何が悪いと思っていた。英雄に祭り上げられて得意になっていた。
まだ十歳だったこと、そして反省していることが認められて処罰はなかった。普通に学校へ戻り、ネットこそ繋げなくなったものの健やかな生活を送っていた。
けれども中学へ入り、授業もあってネットが再び解禁された時、その家族が一家離散したことを知った。
男の妹二人が自殺し、父親は精神を病み、母親は急な病で亡くなっていた。母親の病も精神的ストレスからくるものだろうことは子どもながら察することはできた。
そこで初めて自分がやったことに対して罪悪感を覚えた。それまで、何が悪いと思っていたが、それはいけないことなのだと知った。
今でもハッキングはする。でも、それを他人に漏らすようなことはしない。それこそ、今でも情報を共有するのはコウとだけだ。だが、それも完全に共有している訳ではない。
知っていることを漏らすことがどれだけ危険なのか、もう十分に知っている。
だが、あの事件の関係者は既に誰もいない。父親も精神を病み五年後に自殺している。そして、親族とも縁が切れている。
あの時の少年は既に三十二になる。あの時の少年が恨んでいるなら、俺は殺されてもおかしくはない。
正直、俺にとっても苦い思い出だっただけに、殺人事件を犯した少年についてその後を調べたことはなかった。できたら触れたくない思い出でもあったからだ。
鞄から取り出したノートパソコンを開き、各都道府県で家庭裁判所のデータを漁る。恐らく、あの少年は名前を変えてやり直している筈だ。
少なくとも、あれだけ大々的に名前が出てしまっては同名で生きてはいけない。そして、調べていく内に栃木でその名前を見つけることができた。
そして今度は変名した名前を検索していけば、その名前と同一人物が去年、交通事故で亡くなっていることを知る。
ニュースを調べ、住所を調べてその市区町村のデータベースを見たが、確かに殺人事件を起こした青年だった。
「……思い違いか?」
一人呟いたところで答えはない。でも、自分が狙われているという事実は何一つ変わらない。
最近出会った顔を思い返してみる。その中で、一人だけ殺しそうな目で俺を見ていた顔が思い浮かんだ。

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