JOAT Chapter.VII:届かない思い Act.02

打ち合わせ通り、三日で仕事を終えたJOATは四日目の夜に最終確認をお願いしてきた。しばらくホテルに泊まっていた私は久しぶりに家に帰った。
既にJOATの二人が通りで待っていて、三人で部屋の前に立つ。渡された鍵を回し扉を開ける瞬間、少しだけ緊張した。
そして、扉を開けたそこには数年前と変わらない部屋があった。床にゴミなんて一つもなく、部屋の奥まで床の見える部屋。
「あぁ……」
口元に手を当てて、自然とため息のような声が上がった。
ずっとやり直したいと思っていた。でも、こうして綺麗な部屋を見れば身体中から何かが湧き上がってくるのがわかる。
歓喜もあるけど、活力とか、エネルギーとか、自信とか、そういう類のものだ。
随分と気持ちを立て直したつもりだったけど、やっぱり全然違うのだとわかる。誰にも見せられない部屋は、確かに自分の内面だったのかもしれない。
「あ……有難うございます。本当に……」
訳が分からないまま感情が高ぶって涙が出てくる。頭を下げればコンクリの床に涙が水玉を作る。
「中にも入ってみて下さい」
感情の全てが喉に詰まったみたいになって声が出ない。頷きながら靴を脱いで中に入れば、そこは間違いなく数年前の自分の部屋だ。
多少、壁などに汚れはあるけど、そんなことは気にならない。水回りも綺麗に磨かれ金属部分は光りを反射している。
窓に敷かれたカーテンが風で揺れて、格子と網戸の向こうから夜の風を運んでくれる。
「まだ少し埃が籠もってたから、夕方早めにきて開けさせて貰ったんだ。勝手にごめんね」
「いいの……全然いいの。本当に凄い。凄く……嬉しい」
凄く遣る気が漲ってきて、今なら何でもできそうな気がする。就職するのが大変だからなんて言い訳していたけど、今度こそ落ち着いて転職も視野に入れながら仕事について考えよう。
そんなことを考えながら綺麗になった部屋を見ていれば、再び声を掛けられた。
「それで、部屋を掃除している時に見つけたんですけど」
そう言って岸谷さんが差し出してきたのは預金通帳といくつかの手紙だった。
「その、一番上にあるのはメモなのか手紙なのか分からなくて、釘宮さんに判断をお任せすることにしました」
手元に渡された束の中から二つ折りになった紙を開けば、そこには四行ほどの文字が書かれていた。それを見た途端、一気に熱が上がるのがわかる。
————うそ、何コレ。一体いつ……?
その文字には見覚えがある。少し癖のある珍しい左上がりの字。それは、何ヶ月も前に会社を辞めた桐生くんの文字だった。
その文字を見た時にも驚いたけど、内容にも驚かされた。
「あの、これ! 一体どこから!!」
「本に挟まっていました」
確かに言われてみれば、何度か桐生くんには本を貸したことがある。趣味が似ていた部分もあったし、お互いに気になってるけど持っていない本を貸し借りしていた。
でも、それはもう半年以上前のことになる。恐らく、その時から桐生くんは—————。
「あ、あの! 桐生という人から依頼を受けていませんか?」
「桐生さん、ですか? えっと……少なくとも記憶にないです」
「でも、私、桐生くんからJOATを紹介して貰ったんです」
「えぇ、でも桐生という名前の依頼は一度も受けたことがありません」
岸谷に続き円城寺にまで否定され、わからなくなってくる。桐生くんは何か困ったことがあればJOATに依頼するように言っていた。
気休めだったのか、それとも余程私が困っているように見えたのか。
転職を決めた桐生くんに、私は何も聞かなかった。ただの同僚が踏み込んでいいのかもわからなかったし、桐生くんも進んで話そうとしなかった。
だから余り触れて欲しくないのだとばかり思っていた。でも、桐生くんは私がこの手紙を読んで何も言わないから、私に何も話してくれなかったのだろう。
「あの、失礼ですけど桐生さんというのはどういう方ですか?」
「私の同僚で数ヶ月前に会社を辞めて事業を立ち上げました。年も私よりも一つ下で……あの、人捜しってお願いできますか?」
「えぇ、伺っています」
「でしたら、桐生くんを、桐生流くんを探して下さい。写真もあります!」
手にしていた鞄からポケットアルバムを取り出すと、その中から一枚を取り出した。私の思い出は今、このポケットアルバムの中にしかない。
「この人を探して下さい。お金は必ず払いますから!」
伝えたかった。桐生くんの手紙を今知ったこと。そしてその返事を。だが、写真を手にした円城寺さんからの返事はない。
「円城寺さん?」
「釘宮さんにうちの名刺を渡したのはこの方なんですよね?」
「えぇ」
「……分かりました、調べますよ。ただ、もう少し情報が欲しいです。例えばどういう業種に転職したとか、身長なども」
悩むそぶりを見せたからてっきり断られるのかと思っていたけど、どうやらそういう訳じゃないらしい。
「ただ、一つだけ条件があります」
「条件?」
「今回、私たちも桐生氏に会いたいので、取り次ぎをお願いしたいのです」
「え、なんで?」
「実はうちは基本的に口コミで仕事を頂いています。別に紹介制とかではないのですが、新規で来られる方はどなたに紹介されたか調べるようにしています。お時間としては一分で構わないです」
正直、桐生くんと会うところをこの二人には見られたくなかった。多分、感情が爆発して色々言ってしまう気がした。それを聞かれたくなかった。
でも、二人の仕事は完璧なことはこの部屋を見れば一目瞭然だ。恐らく、これなら確実に探してくれるだろうし、円城寺さんも出来ない依頼を受けるタイプとは思えない。
「でも、それなら私に内緒で桐生くんを探して勝手にお話をしてもいいんじゃないんですか?」
「私たちが勝手に話すということは、釘宮さんとの接点もお話しなければなりません。でも、それは守秘義務に反するので」
「え? 依頼内容とか伝えるの?」
「いえ、それは必要ありません。ただ、釘宮さんがJOATに依頼したことを話さなければならないので」
「筋を通すってこと?」
「そう思って頂いて結構です」
どうやら、思っていたよりもJOATという会社はまともだったらしい。勝手に会ったりしないのは守秘義務のためでもあり、私の目の前で聞くことで依頼内容は漏らさないということなのだろう。
「いいですよ、依頼内容を伝えないのであれば」
「有難うございます。それでは、桐生氏について釘宮さんが知っていることを教えて頂けませんか?」
次々と飛ばされる質問に答えていけば、その答えを岸谷がメモを取る。二十ほどの質問に答えると、ようやく質問からは解放された。
「それで、お金なんですけど」
円城寺さんたちに感謝はしている。でも、それはそれ、これはこれだ。だからこそ、円城寺さんの前に片手を広げて突きつけた。
「五割におまけして下さい」
「……は?」
まるで自分は何を言われたのだろうと言わんばかりに、円城寺さんは問い掛けてくると何度も瞬きを繰り返す。いや、むしろ唖然といった様子だ。
「確かに私は桐生くんを探して欲しいけど、JOATとしても桐生くんに用事がある。むしろ、私が依頼しなかったとしても円城寺さんたちは桐生くんを探したんじゃないですか? それなら、半分でも私からの依頼金を手に入れた方がプラスになるんじゃないですか?」
「……」
私の言い分に円城寺の反応はなく、その円城寺の背後では岸谷が後ろを向いて肩を震わせている。突拍子のない言い分を笑われていることはわかったけど、こっちとしても切実だ。
「正直言います。実は今日のお掃除代を払ってしまうと、桐生くん捜しをお願いしても一週間お願いしてもお金が半分しか払えそうにないんです」
最初の時、ある程度システムの説明は受けた。人や動物の捜索についても一覧表の紙に提示されていた。だから、金額はわかっていた。
「お願いします!」
最終的に頭を下げれば、ため息が頭上から振ってきた。
「わかりました。それで手を打ちましょう。確かにうちとしては半分でも入金があるならその方がいいですし」
円城寺さんの言葉に顔を上げれば、どこかうんざりしたような顔でそっぽを向いていた。
「あ、有難うございます!」
「二、三日、お時間を頂きます。分かり次第連絡をいれさせて頂きます」
「はい、お願いします」
深々と頭を下げると、改めて今回の清掃代金を支払い、JOATからの連絡待ちということでカタがついた。

Coming soon……

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