JOAT Chapter.VII:探すべきもの Act.02

読み進めていた書類からふいに顔を上げる。そして時計に視線を向けて眉根を寄せた。時計は既に十五時を回り、トオルが出て行ってから四時間近くなる。
昼食を買ってくるつもりだった筈だから、午後の早い時間には帰ってくる予定だった筈だ。
一応、会話が長引いた可能性も考えて待ってみたが、一向にトオルから連絡がこないことに気が逸る。
一応、トオルの携帯にも電話を入れてみたが、電源が切れているのか繋がる様子はない。少し悩んだ末に手にしていた携帯で西垣へ電話を入れた。
「捜査一課西垣です」
「いつもお世話になっております。JOATの円城寺です。そちらにうちの岸谷が伺っていると思うのですが」
「あぁ、いらっしゃいましたよ。でも、昼前にはこちらを出ましたけど、まだ戻りませんか?」
昼前に警視庁を出て電話一本してこないほどトオルが府抜けているとは思えない。基本的に何かするのに理由は言わなくとも連絡はマメな男だ。
恐らく何かあったとみるべきなのだろう。
「分かりました。有難うございます」
「待って下さい。何かありましたか?」
「いえ、特には」
「特に何もないのに円城寺さんが電話を掛けてくるとは思えない。……連絡が取れないんですね」
やはり刑事というのは面倒くさい。だが、一人でトオルを見つけるには難しい。既に事件に巻き込まれているならトオルの安否も気になる。
「……えぇ」
「彼はこちらまで交通機関を使ってますか?」
「いえ、自分の車で行ってる筈です」
「ナンバーを教えて下さい。すぐ調べてみます」
少し前まで、穏やかな反応だった西垣の態度が少しおかしい。少なくとも、連絡が取れなくなった程度でここまでするのは過剰反応だ。いや、むしろ事件に動きがあった、と考えるのが正解かもしれない。
手早く手帳からトオルの車のナンバーと車種、色を伝えると、西垣はそのまま電話を切ってしまいそうな勢いで、それを呼び止める。
「私もそちらへ向かいます」
「そうだな、その方が話しができるかもしれません。詳しい話しは会った時にでも」
「わかりました」
電話を切りすぐさま事務所を出ようとすれば、事務所の電話が鳴り出す。正直、今はそれどころではない。
脱いでいたジャケットの袖に腕を通し、鞄に荷物をしまう。その間にも電話は留守番電話に切り替わる。
だが、その電話は奇妙だった。
「円城寺さん、そこにいますよね」
ボイスチェンジャーを使ったような機械的な音声は、留守電のアナウンスの声に被さるように聞こえてくる。
瞬間的判断で受話器に手を伸ばすとすぐに回線を繋ぐ。
「円城寺だ。誰だ」
「君の捜し物を僕は全て知っている」
「捜し物?」
「既にヒントは与えているよ。よく似合っていただろう?」
それだけで電話は切れてしまい、機械音だけが耳に届く。それ以上手にしていても意味のない受話器を置くと、親指で顎を撫でる。
いま現在探しているのは岸谷だ。だが、ずっと探しているものがある。いや、電話の相手は全てを知っていると言ったのだから、もしかしたら両方知っているのかもしれない。
電話を掛けてきた人間と、今回新規の依頼を持ってきた男は恐らく同一人物か、同じ目的を持った複数の人間なのだろう。
この際目的はどうでもいい。とにかく捜しものが先決だ。特に命があるトオルの救出が急務になる。
電話の言い分からして、今まで新規で入ってきた紹介者があやふやな依頼がヒントなのだろう。だが、依頼の何がヒントになるのかわからない。
よく似合っていた。一体何が似合っていたというのかわからない。
いや、確かに依頼者は全て派手なアクセサリーをつけていた。新川は手首にブレスレットをつけていたし、久世はアンクレット、篠崎は足にタトゥー、手嶋は腕にバングルをつけていた。乾はやたら浮いたベルトをしていたし、六条は胸元にコサージュをつけていた。
ただ、手嶋だけがこれといったアクセサリーをつけていない。
ふと手帳を開き簡単に人体を書く。そして分かっている範囲で人体に線を入れて斜線を入れていく。そして白抜きになったのは腰回りと頭だ。
だとすれば、手嶋は恐らく腰回り担当だ。彼女は礼のタバコケースを臀部のポケットに入れていた。あれも一種のアクセサリーだ。
なら、これの意味するところを考えたが、どう考えてもいい意味には思えない。
色々考えることはある。とにかく、今は西垣から話しを聞くのがさきだ。急いで手帳をしまうと鞄を掴み事務所を飛び出した。
地下駐車場で車に乗り込みエンジンを掛けたところで、西垣から電話が入る。すぐさま電話に出れば、慌ただしい音が聞こえる。
「円城寺さん、近くで岸谷さんの車が見つかった」
どうやらトオルはあの近辺で何かあった、ということだろう。
「それと、庁舎と駐車場の間で歩道に血だまりが発見された……もしかしたら彼の可能性もある。彼の血液型は」
「B型です」
お互いに何かあった時のために、血液型だけは覚えるようにしていた。だが、こんなことで役立てたかった訳ではない。
携帯をダッシュボードに立てれば、フリーハンズで話すことができる。すぐにアクセルを踏み込み車を走らせる。
「その血だまりもB型だ。詳しいことを調べるにはもう少し時間が掛かる。こちらにはあとどれくらいで到着する」
「三十分掛からずに到着します」
「庁舎前で待っている。車はうちの駐車場に名前を言ってそのまま入れてくれ。話しは通しておく」
「分かりました」
ハンドルを握りながら返事をすれば、西垣の方が慌ただしく電話を切った。西垣は血だまりといった。恐らく血痕なんて生やさしい量ではなかったのだろう。
恐らく、トオルは巻き込まれただけだ。目的は最初から自分にあったのだろう。とにかく、今は巻き込んだトオルが無事であることを祈るしかない。
それぞれの部位は恐らく依頼場所に隠されているのだろう。そしてそのバラバラになった体は恐らく、ずっと探していた妹の繭子の遺体だろう。
最初から生きているとは思っていない。だから、今さら落ち込んだりはしない。ただ、問題は頭部だけが見つからない。それにトオルの居場所もわからない。
依頼には一体、他に何のヒントがあるのか繋がらない。住所、郵便番号、それぞれを並べてみるが共通点はない。
不意にひらめいた答えに思わずブレーキを踏みそうになり、慌てて道端に車を停めた。そして改めて手帳を開き、依頼者の名前を見て確信した。
再び車を発進させると、そのままUターンさせて目的地を変更する。先ほどよりも少しスピードを上げて目的地を目指す。
その間に再び西垣に連絡を入れると、西垣はすぐに電話に出てくれた。
「何かあったのか」
「すみません、どなたかアクアシティに向かわせて下さい。そこに岸谷もいます。恐らく警察の許可が必要になります」
「どういうことだ」
「犯人から電話で接触がありました。ヒントはアクアシティです」
「それは信用できるのか?」
「自分の推測ですが、確信を持っています」
「……わかった、私が行こう」
「至急お願いします」
それだけで今度はこちらから電話を切ると、少しさきに見える高層ビルを見据える。その高層ビルの中心にあるのがアクアシティだ。
なんてことはない。新川、久世、安住、篠崎、手嶋、乾、六条、この頭文字を取れば答えは出た。最後の「ろ」は悩んだが、恐らくこの「ろ」は「路」だろう。
アクアシティはツインビルになっていて、テナント階、オフィス階、住宅階に各一本ずつ通路が敷かれている。だが、その中で唯一無人となるのは居住区の通路だ。
恐らくそこにトオルと繭子の頭部があるに違いない。もし通路でなかったとしても、アクアシティという偶然は外せない。そんな偶然は早々あるものではない。
犯人は随分前から狙っていたのかもしれない。こちらの動向を探り、慎重にヒントを植え込んできた。余程、組織だった相手か金をばらまいたとしか思えない程の手の込みようだ。
少なくとも手嶋以外のアクセサリーはどうやって持たせたのか、そこにも疑問は残っている。ここまでくれば推測というよりも勘に近い。
アクアシティの駐車場に車を止めて車を降りれば、タイミングよくサイレンを鳴らした覆面パトカーが駐車場に入ってきた。待っていれば、近くに車を停め中から出てきたのは西垣と松葉の二人だ。
「無茶なお願いをしてすみません」
「それで」
「上です」
近くのエレベーターに乗り込み、地階から一階へ上がり、そこでエレベーターを乗り換え居住区である上階に上がる。
エレベーターは三十階で停まり、そこで降りればロビーが広がっていた。受付に駆け寄り、すぐに管理責任者に繋ぎを取っても貰う。
その間に出入りした人間を調べて貰ったが、ことさら怪しい人間の出入りはなかったらしい。ただ、引越業者の出入りがあったらしく、それでさらに確信を深めた。
五分ほど待たされて建物の管理責任者がやってきて、さらに五階上にある通路を開けて貰うように要請する。
再び五分ほど待たされ、マスターキーを持った管理者や西垣たちと共にエレベーターを上がる。エレベーターホールから一つの扉があり、管理者がそこの扉を開けた。
途端に熱気が流れ込んできて眉根を寄せたが、その通路の中程で倒れている人影に一気にかけ出す。
「トオル!」
叫ぶようにして駆け寄れば、トオルの倒れている一体は既に血だまりになっていた。そして、その横に白骨化した頭部にリボンが巻かれて置かれていた。
胸糞悪い飾りに一瞬だけ目を向けたが、今必要なのはトオルの安否確認だ。首筋で脈を取れば、まだ脈は触れる。だが、それも余り芳しい状態ではない。
「松葉、救急車だ!」
すぐさま西垣は松葉に指示を出すと、そのまま携帯で話し出す。
「トオル! トオル!」
名前を呼びかけて見るが反応はない。けれども、トオルの手が何かを握り締めていることに気づく。負担を掛けないようにゆっくりとトオルの掌を開ければ、現れたのは一枚のマイクロSDカードだった。
辺りを見回したが近くにトオルの鞄はない。恐らく鞄は持ち去られたのだろう。だとすれば、トオルは気づかれないようにこのSDカードを死守したのだろう。
それは伝えたいことがあったからだ。
救急車が到着するまで名前を呼びかけていたが、トオルの意識が戻ることはない。到着した救急車に一緒に乗り込むと病院に運ばれた。
救命士の話を聞いている限り、トオルの状態が芳しくないことは伺えた。病院に到着するなり手術室に運ばれ、手術室の扉前で立ち尽くす。
だが、ここで立ち止まってはいられない。
遅れ来た西垣と松葉にトオルの親に連絡を入れることを理由に三十分程席を外すことを伝えれば、改めて伺うと言って現場へと戻っていった。
一人残されて、すぐさま病院から近場にあるショッピングモールに駆け込むと、エレベーターに乗り込む。
エレベーターの扉が開くと、目の前には家電量販店ならではの家電がずらりと並んでいる。足早に家電を抜けてパソコンコーナーまで辿り着くと、素知らぬ顔でUSBメモリーを差し込んだ。
自分がパソコンをそれなりにしか使えないことをトオルは知っている。だから自分にもわかる形でしか残していない筈だ。
そして、五枚目に映っている顔を見た瞬間息を飲んだ。そこに映っている顔は見慣れた顔だった。それこそ、物心ついた時から見ていた顔だ。
そして、五枚目に映っている顔を見た瞬間息を飲んだ。そこに映っている顔は見慣れた顔だった。それこそ、生まれた時から見ていた顔だ。
心臓の音だけがやけにうるさい。そして、生まれて初めて思考が停止するという状態を知った。

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