Chapter.I:立ち止まる Act.03

家に帰ってCDを聞いた後、秋生に電話して感想を並べ立てた。正直、インディーズなんて、と侮っていたから、あんな音楽がインディーズにあるとは思ってもいなかった。
CDに入っていたのは十六曲。アップテンポのものからスローテンポのものまで、一曲一曲を作り込んである感じがした。
「っていうか、インディーズであんなの転がってるってありなのか?」
「どうだろう、人気があるところは知ってるけど、欲しいと思ったのはライトさんのくらいだったから」
「他にもライトのCD持ってる?」
「そのCD以外にも二枚出てるよ。貸す?」
今聞いているCD以外にも二枚あるのかと思うと、それだけで興奮する。ここ最近、当たりが無くて洋楽にシフトしつつあったから、自分の反応に驚いたくらいだ。
「頼む。凄いよなぁ、あの不安定感がたまらない感じがした。ジャンルに当てはまらないっていうか、凄いよな。っていうか、あれでプロじゃないってありなのか?」
「実際オファーはあるみたいだけど、全部お断りしているみたい。プロになって決まったものを作るよりも、今は自分が作りたいものを作っていきたいとか前のブックレットに書いてあった気がする。そんなに気に入ったの?」
「気に入った。知らなくて損した気分だな。幾つくらいの人なんだ」
「ライトさんに関しては全てが謎。イベントでも売り子が対応してるし、普通の人は一度も会ったことがないと思う。サイトにもプロフィールがないくらいだし。あぁ、サイトの方にも幾つか曲がおいてあるから、そっちも聞いてみるといいかも」
「分かった。それから朝霞の連絡先くれ」
途端に電話向こうで秋生が笑う。先の今だから笑われるのも仕方ないかもしれない。でも、今このテンションの内にどうしても朝霞と連絡が取りたかった。
「相当怒ってると思うよ」
「勢いで押し切る」
「押し切られると思うけど……あとでパソコンの方にメールで送っておくよ。CDは明日学校にでも」
「頼んだ。それじゃあ」
きっちりとお願いすると修平は電話を切って、再び流れてくる音楽に耳を澄ませる。
親が入学祝いに買ってくれたパソコンは、色々なことに使われている。カメラの動画を加工して動画サイトにアップすることもあれば、簡単なツールを作ってちょっとしたお遊び程度のゲームを作ったりもする。
親は基本的に赤点さえ取らなければ放任なので、修平としてはやりたい放題だった。
学年十位以内を取ったら、という約束で買って貰った動画ソフトを立ち上げたところでメールの着信音が響く。
メールは秋生からのもので、携帯番号とメールアドレス、そして頑張れという一言が添えてあり、少しだけ笑いながらも手近にある携帯を引き寄せた。
秋生が言うように朝霞は怒っているに違いない。でも、今これがしたいと思ったんだから仕方ない。
電話を掛ければ四コールほどで電話が繋がる。けれども、相手からの反応はない。
「朝霞? 川越だけど」
「何しに電話してきた訳?」
「お前が今日見せてくれたゲーム画像のパーツと、動画パーツ、全部メールで送ってくれ」
「呆れた……何するつもり」
「本気見せるって言っただろ。次までに朝霞を納得させるだけの物を作り上げてやるよ」
途端に電話向こうで朝霞は黙ってしまい、修平は首を傾げる。しばらく反応を待っていれば、小さな笑い声が聞こえてきて、しばらくするとその笑い声も大きなものになる。
「何で俺は笑われてる?」
「いや、私がクラスにいる時と違うって言われたけど、川越も相当違うね。全然クールじゃないし。でも悪くない。見せて貰おうじゃん」
「見せてやるぜ。アキからメルアド聞いてるんだよな。パソコンの方に送ってくれ」
「了解……あのさぁ」
先ほどまでのハイテンションとは違い、少しトーンを落とした朝霞はそのまま黙ってしまう。出てくる言葉を待てば、朝霞は言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。
「こういうの私が言うキャラでもないんだけどさ……きちんと頑張りなよ」
「何だよそれ」
「正直言うと川越がプログラム担当するの私は反対したんだよね。でもアキが本当にあんたのこと心配しててさ……まぁ、アキのためにも、川越自身のためにも頑張ってよ。アキのやれば出来る奴って言葉をこっちは信じてる訳だし」
「……あいつ、そんなこと言ったのか?」
今回のことに誘ってきた時、秋生はそんな様子は全く見せなかった。ただ本気になりたいなら頑張ってみたら、くらいの軽い気持ちかと思っていた。でも今は違うことを知ってる。少なくとも秋生と朝霞は本気だ。
「愛されてるじゃん」
「おい」
「冗談よ。まぁ、そういう友達って正直羨ましいと思うよ。それにアキの気持ちも分かるんだよね。つい最近まで身近に『本気になれない病』に掛かってたのがいるから」
「……やれるだけのことはするよ」
「違うわね、死ぬ気でやりなさってことよ。それじゃあ、データは送っておくから」
最後はいつもと変わらない明るい口調でそれだけ言うと、電話は切れてしまう。
確かに朝霞が言うように秋生の存在には、今回も含めて助けられている。遣る気云々にしても、勉強にしても。でも、して貰うばかりで修平から何かをしたことは一度だってない。
ここで本気にならないと、男が廃る、って奴なんだろうなぁ。
そんなことを考えながらも、次々と送られてくる部品を開きながら修平は作業を始めた。それは久しぶりにワクワクとした気持ちにさせてくれる作業でもあった。

* * *

修平が駅前に到着すると、秋生は既に待っていた。慌てて駆け寄り声を掛ければ、秋生は手にしていた文庫本を閉じる。
切符を買って電車に乗り込んだところで、秋生から声を掛けてきた。
「昨日、学校休んでたみたいだけど大丈夫?」
「あぁ、別に具合悪かった訳じゃない。徹夜で作業してたら朝起きれなかっただけ」
「それならいいけど、もしかしてゲームのこと?」
驚いた顔でこちらを見る秋生に修平はことさらニンマリと笑う。
「そういうこと。そうだ、アキの書いたシナリオ、あれデータでくれよ。打ち込み面倒くさい」
「打ち込みって、そんなの早く言ってくれたら渡したのに」
「そこまでいったの昨日の昼間だったからさ。さすがにあの時間に寄越せって言われてもお前が困るだろ」
修平の家では赤点やら出席日数がギリギリになると雷が落ちてくる。でも、それ以外は一日くらい休もうと文句は言われない。
けれども秋生の家は違う。サボりなんて絶対に無理だし、女の子なんて怖くて家に連れて行けないと言っていた。遅くまで遊んだりしないところを見ると、秋生の家は修平の想像以上に親が厳しいのかもしれない。
「確かに困るね。分かった、今日帰ったらメールに添付して送っておく」
「ん、頼むわ」
そこからはデータの遣り取り方法について会話が弾む。メール添付だと色々限界だろうから、サーバを借りるべきだとか、その管理を誰がやるかとか、他にも色々と話している間に目的地に到着してしまう。
「……なぁ、すげぇ人なんだけど」
「いつもよりかはこれでも少なめなんだけどね」
「これで少ないのか?」
「もっと大きなイベントだと、こんなもんじゃすまないよ。行こう」
秋生に促されるまま人の流れに逆らうように建物内に入ると、中に入るなりパンフレットなる冊子を一部買わされる。不思議に思いながらそのやたらと厚めのパンフレットを眺めていれば、隣でページを捲っていた秋生はパタリとパンフレットを閉じた。
「こっちかな。まぁ、ケイのところは目立つからすぐに分かると思うけど」
「目立つのか?」
「まぁ、色々な意味で」
あれだけの地味な朝霞が目立つというのは何だか理解しがたい。だから秋生の後ろをついていけば、通路の両側で本を売っている姿が見える。秋生の言うイベント、それがすなわち同人誌即売会というものだと分かったのはこの時だった。
漫画や小説が色々あって、少年漫画、少女漫画、それだけでなく小説も色々と並んでいるらしい。帰りに少しだけ覗いて帰ってもいいかもしれない、そんなことを考えていた時に両サイドの机が消えた。
そして壁際には沿うようにして机が並び、同じように本を売っている。でも、明らかに違うのはその人波だ。
「あぁ、あそこの角、あれがケイのスペース。ようは売ってる場所」
「あの一角、凄い人なんだけど」
「ゲーム作ることになって、今回でイベント参加ラストだからかな。サイトで告知もしてあったから人が集まってるんだと思う」
秋生が言ったその一角はとにかく人が並んでいる。机の前から通路へ続き、しかも脇にあるシャッターの外まで人が並んでいて、修平たちの場所から最後尾を確認するこができない。
並ぶ人たちは女の子が多かったけど、中には男も少なくない。そこまで朝霞が描いたものに人気がある、ということが信じられない。
「で、当人はどこにいるんだよ」
「あそこで握手してるでしょ」
机を挟んで並んでいる人間に対して本を売買しているのは分かる。そしてあの一角と言われた場所には女の子二人が並んでいて、一人が確かに客と握手している。だが、それが朝霞だと言われて信じられる筈がない。
いつも簾のようにしている前髪はきっちり両サイドに分けられ、顔の脇で少量垂らしてある。そしてボサボサの後ろ髪は綺麗に纏められ、一つの団子になっている。しかもその団子に花なんかついてるから驚きだ。
そしていつもかけているあの黒縁眼鏡がその顔にない。
いや、それ以前に朝霞の顔を見ること自体、初めてのことだった。
「おいおい、マジかよ。全然普通じゃん。っていうか、何で普段あんな陰気くさい格好してるんだよ」
「学校では、わざとああいう格好してるんだよ。友達と遊んだりする時間が取れないから、あれが予防策。ケイは多分、プロと変わらないくらい真剣に漫画を描いてる。僕たちが友達づきあいしている間に絵の練習も独学でしてるし、漫画への心持ちが全然違う」
「そこまでしてやるもんなのか?」
「そこまで真剣なんだと思うよ。こういう場所で身綺麗にするのも、夢を売ってるからって言ってた。ほら、作者が小汚いとそれだけ幻滅する人って確かにいるし、女の子たちはそういうの敏感だからね」
少し離れているところから見ても、朝霞に普段の陰気さはない。だからといって自分たちと会う時のようなとげとげしさもなく、穏やかに笑っている。握手を求められたら、どんな相手だろうと笑顔で握手して、何かを受け取れば頭を下げてお礼を言ってる。
それは一種の芸能人的な華やかさがあり、修平が知らない朝霞の一面でもあった。
「アキは……あれを朝霞だってよく気づいたな」
「あぁ、僕は気づかなかったよ。ただ、ケイの方がちょっとね」
そこで言葉を濁されてしまうと余計に気になる。
「何だよ、言えよ」
「言っていいのかなぁ……僕もイベントに参加していた時期があって、その時にファンだってケイが来たんだよ。多分、すぐに同じ学校の人間だとケイは気づいたみたいで、もの凄くてんぱってね、思わず坂戸くんとか言われてあれ? って。僕のペンネーム秋戸サカだったから、本名で呼ぶ人間はイベント会場にいなかったし、逃走しようとするケイを捕まえて聞き出した」
正直、朝霞がてんぱるところなんて修平には想像がつかない。けれども、学校であれだけ徹底しているなら、本人はさぞ驚いたに違いない。
「……学校で会って驚いただろ」
「驚きはしたけど、一応事前に説明は受けてたから」
不意にこちらを向いた朝霞と視線が合う。すると朝霞は隣に立つ女性に声を掛けると、そのままこちらに向かって歩いてきた。
「アキ、何でここに川越がいる訳?」
「色々とお互いに知った方がいいと思ってさ。大丈夫、シュウの口が堅いのは僕が保証するよ」
「まぁ、いいけど。それで、川越は満足いくものだった訳?」
「満足っていうか……」
こうして見ていても朝霞のところは長々と客が並び、嬉しそうに本を抱えて離れていく。それは朝霞が真剣に漫画というものに打ち込んできた結果なのだろう。
「色々偉そうなこと言って悪かった。その根暗とか、クラスの女子と話ししろとか……」
「別にいい。言われるような格好してるし、そう言われても仕方ないことしてるし。でも、素直に謝る川越ってのも気持ち悪いわね」
「あのなぁ、悪い時は悪いって謝るに決まってるだろ。ちゃかすな」
「ごめん、ごめん。まぁ、話しはまた今度。悪いけど今日でイベントラストだから、二人に構ってる時間がないの。だから、今日はこれ貰って素直に帰って」
そう言って朝霞は手にしていた本を押し付けてくると、そのまま背を向けてしまう。朝霞相手だからなのか、女性が多い中で男二人だからなのか、酷く注目を受けていることだけは分かる。
だからこそ、それ以上声を掛けられずにいれば、背を向けた朝霞がくるりと振り返った。
「そういえば、ライトも今日イベントに出てる。あっちも今日でラスト。本人は来てないけど新作出したみたいよ」
「マジか? どこだ!」
「そこまで覚えてないから自分で探してよ。そういえばアキ、どうして川越をここにまで連れて来た訳?」
その問い掛けは、先ほどの問い掛けと似たような物だけど、ニュアンスが少し違う。
問い掛けられた秋生は少し言葉を探してから、楽しげな笑みを浮かべた。
「フェアじゃないかな、と思って」
「とりあえず、アキが隠し事嫌いなことは分かった。明日の打ち合わせ、うちでやろう。それじゃあ」
余程急いでいるのか、足早に自分の場所へ戻った朝霞は、再び客相手に本を手渡ししている。そして残された俺たちの手には朝霞が作ったらしき本が一冊。
「とりあえず、ライトさんのところに行ってみようか」
秋生に言われて手にしていた本を一旦鞄の中へしまうと、秋生は再びパンフレットを広げてライトの場所を確認すると歩き出した。
イベントというのは独特の空気がある。人が多く集まっているせいか、熱気に溢れている気がする。正直、ただおたくの集まりと馬鹿にしてきたけど、朝霞のように真剣にやっている人間もいれば、ここからプロになる人間もいるのかもしれない。
「何かを作るって楽しいか?」
それは何気なく零れた言葉だった。けれども、隣を歩いていた秋生にはしっかりと聞こえていたらしい。
「僕は楽しいよ。特にこういうイベントだと、読み手の反応がダイレクトに聞こえる。売上もそうだけど、直接会って感想言ってくれる人がいる。そういう反応があることが一番かな」
「確かに自分が作ったものに反応が貰えるのって楽しいよな」
その楽しさは修平にも少し分かる。動画サイトに作った動画をアップした時、コメントを貰えると匿名でも嬉しい。それを直接言って貰えるなら殊更嬉しいに違いない。
だったら今自分たちが作ろうとしたゲームにはどんな反応が貰えるのだろうか。それを考えた時、ようやくその楽しみ方が分かった気がする。
「ライトのスペースはあそこ」
歩きながら隣の秋生が指さした場所は、やっぱり机の前に行列を作っていた。けれども、朝霞のところに比べたら列は随分少ない。
「客少ないな」
「基本的にライトさんは店売りがメインだからね。同人誌とか扱っている店に並んでいるから、イベント会場で買う人は少ないんだよ」
秋生と共に列の後ろへ並べば、数分で自分たちの順番が回ってくる。秋生は新作を一枚、修平は少し悩んだ末に三種類を一枚ずつ買うと列から離れた。
買い物して浮かれた気分になるのは久しぶりのことかもしれない。それだけライトの曲が気に入ったという自覚もある。
「なぁ、ライトって男なのか?」
「それも不明。もう本当にライトさんについては不明ばかり。ネットでは色々噂も飛び交ってるみたいだけど、人前に出て来ないからね。実際、あそこで売り子やってる人たちも会ったことないらしいよ」
「……俺たち会えるのか?」
「本人とケイのみ知るって感じかな。多分、ケイの口調からするとケイはライトと会ったことがあるんだと思う」
「朝霞か、あいつは聞いても教えてくれそうにないな」
「そういう意味では口固そうだし、僕たちもそこまで信用されてないだろうし」
肩を竦めてみせる秋生に同意しながら、用は済んだとばかりに会場から外に出る。七月半ば、日差しも強くジリジリと肌が焼ける。
「それにしても、明日の打ち合わせケイの家でってことだけど大丈夫なのかな」
「さぁ、どうだろうな。ただ、本人が来いって言ってるんだから行くしかないだろ」
「それはそうなんだけど、親に挨拶とか緊張しそうじゃない?」
「俺は慣れてる」
「……だよね。僕は女の子の家なんて行くの初めてから緊張するよ」
「マジか?」
「マジ、大マジ」
笑いながら下らないことを話す。これからのこと、これからするべきこと、これからやりたいこと。余り修平が考えたことのない少し先の未来について話す。
今がよければそれでいいと思っていた。それが一番楽で楽しいと思っていたけど、こうしたワクワク感はやっぱり違う。
その日はお互いに帰って早くCDを聞きたいこともあり、駅で別れると修平は部屋に戻るなりCDを掛けた。
既に秋生から借りているから一作目、二作目のCDは聞いた。そして三作目のCDは朝霞から貰ったこともあり手元にある。だから最初に聞いたのは新作の四作目のCDだ。
最初は遠くから寺の鐘のような音がゆっくりと聞こえてきて、そこにコーラスが重なる。聖歌のように聞こえるけど、決してそれとは違う音。それは修平の活力にも繋がる。
こんな音を作る人と一緒に何かを作れるなら面白い。それに、気持ちはプロだと秋生に言わしめた朝霞、そしてプロになりたい秋生。学生の内にこんなメンバーと会える確率はもの凄く低いに違いない。
明日までに絶対に予定のところまで作り上げてやる。
気合いを入れ直すと、修平はヘッドホンをつけてパソコンに向かうと作業に没頭し始めた。

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