匣から溢れ出る殺意 Act.04

車に揺られ通り過ぎる街灯をぼんやりと眺めていれば、隣でハンドルを握る松永が声を掛けてきた。
「今回の事件は、彼女で決まりですかね」
「まぁ、状況証拠からいけば可能性は高いだろうな」
鞄の中から取りだしたのは、先日手に入れたばかりの加賀見真利亜が映る写真だった。大人しそうな子どもは何を見ているのか、ただぼんやりと何かに目を向けている。どこか生気のない顔は、最近の子どもに多く見られる表情でもあった。
今日、昼に起きた殺人事件は子どもが教室で殺されるというショッキングなものであった。教室内ということですぐに報道規制が行われ、現時点で捜査本部も立ち、殺された神田一也が食べていた食器から毒物が検出されている。解剖の結果はまだ出ていないが、ほぼその毒物での殺しだろうという見方が強い。
そしてクラスメイトの証言から、クラスな内で加賀見真利亜という少女が神田に虐められていたと聞いた。それも複数人からの証言があり、神田を恨んでいたとしてもおかしくない。
ここ近年、いじめから殺人に発展する事件は少なくない。虐めすぎて殺してしまうパターンから、虐められた子どもが逆襲するパターン、どちらの事件も発生している。
昔は良かったと懐かしむつもりはなかったが、それでも、ここ最近の虐め内容は聞くに堪えないものが多い。だが、今回聞いた虐めは長年刑事をしている芝浦からしても、さほど酷いというものでは無かった気がする。勿論、虐められている人間からすれば、虐めというものはどんな形でも辛いに違いない。だから、それを否定するつもりはない。
ただ、殺意まで芽生えるほどの虐めだったのかというと、少し疑問に思えた。一時期は確かに酷かった様子だったけれども、ここ最近はクラスメイトたちが裏口を揃えているのでなければ、むしろ悪戯の延長のようにも聞こえた。子どもと侮っていては刑事は勤まらない。どれだけ子どもらしい見た目だとしても、六年生、十二歳にもなればそれなりの悪知恵は働く。全員で口裏合わせをしている可能性も無くはない。
どちらにしろ、彼女に話しを聞かないことには先に進めない。
「随分、遠くに逃げたもんだな」
「本当ですよ。新潟県警から連絡きた時には本当に驚きましたからね。でも、当日に逃げるということは、やっぱり後ろめたいことがあるんでしょうね」
「話しを聞かないと何とも言えないがな」
刑事になって二年目の松永は、どうやら本部の意見と同じものらしく彼女が神田を殺したと思っているらしい。けれども、それには薬品の出所も気になる。普通の一般家庭にあるものではないことから、他の捜査員は地取り捜査で薬品を扱っている店を当たっている。
「それにしても、彼女の親、全然心配そうじゃありませんでしたね。虐められてたことも知ってた様子だったのに」
「あぁ、そうだな」
確かに、松永が言う通り、その点に関しては芝浦も不審に感じていた。さすがに新潟で発見されたと言った時には声も無い様子だったが、その後は一応自分たちが引き取りに行くと言っていたから、それなりの常識はあるには違いない。ただ、十二歳の娘が〇時を過ぎても帰らない、そうなれば警察に駆け込んだりしないものなのだろうか。
残念ながら、子どもを持たない松永には正直分からない。特に、今の子どもを持つ親は、昔と考え方や育て方も違う。だから、松永の常識を当てはめても仕方ないのだろう。
十一時にファーストフードにいる子どもを補導しようとすれば、塾の帰りに夕食を取っているだけだと返される。実際、親に連絡を入れると、迎えに行くまでファーストフードで食事を取って待っていて貰っているだけだと言われる。少なくとも、松永の常識では、十一時に小学生が外にいるだけでも信じられないというのに、親は平然としたものだった。
そして、そんな親は一人だけではない。だから、常識がずれているのは松永の方かもしれない可能性もある。ただ、そこまでして、今は塾に通わなければならないのかと思うと、子どもに同情してしまう。
「そういえば、シバさん、今月末で定年になるんですよね」
「何だ、祝ってくれるのか?」
「いや、もうシバさんの怒鳴り声を聞けないのかと思うと、少し寂しい気がします」
「馬鹿言うな。怒鳴られない努力をしろ」
「でも、こうしてシバさんと組むのもこの事件が最後かと思うと、やっぱり寂しいですよ」
そう言って片手をハンドルから離し鳴き真似をする松永に、照れくささもあって派手に拳骨を落とした。来月六十になる芝浦は、今月末を持って定年となる。刑事として三十年、短くもあり長くもあった。けれども、最後だからこそ未解決事件などとしこりが残るような終わりは迎えたくなかった。勿論、誤認逮捕なんてもっての他だ。
自分のプライドも確かにあるが、まだ先のある子どもに対して誤認などということは、絶対にあってはならない。
「あとどれくらいで到着する」
「インター降りたら五分と掛かりませんよ」
一キロ先には出口の表示があり、五分ほどで到着することは分かった。十二歳の少女に対して、何を問えばいいのか。それを頭の中で組み立てながら、流れる街灯を眺めていた。
松永が言った通り、インターから署までは五分も掛からず到着した。警察署に入った途端、新潟県警の人間が出迎え、別室にいる加賀見真利亜のいる部屋へと案内してくれる。本来であれば県警の方で身柄を預かる予定だったが、様子がおかしいこともあり移動させられなかったという話しだった。
そして扉を開けられ中へ入れば、一人の女性警察官と共に少女はいた。立ち上がり敬礼する女性警察官に手を軽く上げることで敬礼を制すると少女へ視線を向ける。その少女は寂れた警察署のパイプ椅子に座り、女性警察官と話しをする訳でもなく、ただぼんやりと壁を見ていた。毛布を掛けられた肩は小さく、扉を開いた音にも反応しない。それでも、松永と共に目の前に立てば、ガラス玉のような目を向けてきた。写真で見ていたよりも、随分と幼い少女に見える。
「加賀見真利亜ちゃん?」
松永の声にゆっくりと一つ頷いた。目は赤く先ほどまで泣いていたことが窺える。手にしたコップは口をつけた様子もなく、大きな湯のみを両手で抱えていた。
「少し話しを聞かせて貰っていいかな。えっと俺は松永、こっちの怖い顔したおじさんは芝浦って言うんだ」
こういう時、とぼけた顔をした松永は大いに役立つ。しばらく松永の顔を見た少女は、それから芝浦をぼんやりと見上げる。何かを確認したのか、それからゆっくりと少女が頷いた。頷きを確認してから、松永はこちらに視線を向けてきたこともあり、お前が聞けという意味で芝浦は小さく頷いて見せた。
「どうやってここまで来たの?」
「……電車で」
「お金はどうしたの?」
「……貯金があったから」
聞き取れるギリギリの小さな声は、少女の線の細さだけが浮かび上がる。決して見た目は細いことは無いのに、儚げに見えるのは余りにも子どもらしくない感情の希薄さによるものかもしれない。
「いじめられていたんだって?」
途端にその顔が強張り、しばらくすると愕然とした表情をして松永を見上げる。その顔がまるでこの世の終わりとでも言うような顔をしていて、内心舌打ちしながらも、松永の耳を掴むと強引に外へ引っ張り出した。
「痛い、痛いっす!」
「バカかお前は! 何度も言ってるが最初から容疑者として声を掛けるな。相手はガキだろ」
「え、でも、シバさんだって、ほぼ決まりだって」
「それでも、俺らは確実なネタが上がるまで一般人相手にしてるんだ。お前のバカな発言で、下手したらあの子から証言が取れなくなる」
「え? そんなこと……」
「お前に言われた時のあの子の顔を見たか? 相手はまだ小学生だ。発言には気をつけろ。しかもガキってのは、あれでいて人の空気を意外と読めるもんだ」
「すみません」
素直に頭を下げて謝る松永に溜息をつくと、今出てきたばかりの扉に視線を向ける。芝浦の感では、あの少女はシロだ。けれども、その為にはあの少女からきちんと話しを聞き出さなくてはならない。厳つく、どう見ても子ども受けしない自信のある芝浦だったが、松永が失敗した以上、芝浦自身が話しを聞かなくてはならない。
もう一度扉を開けて中に入ったけれども、やはり少女はこちらを向くことをしなかった。ただ、ぼんやりと壁を見つめている。その少女の前に立つと、芝浦は屈み込んで視線を合わせた。
「あの馬鹿が言ったことは忘れていい」
芝浦の言葉に、少女は目を瞬くと、ようやく芝浦に視線を合わせる。やはり、何を考えているのか読めない顔をしていて、ガラス玉のような意志の見えない目をして芝浦を見る。
「別に君を疑ってる訳じゃない。もし親がいた方が話しやすいというなら、東京に戻ってから」
途端に立ち上がったかと思うと、手にした湯飲みを落とし、耳を塞ぎ叫びだした。何が起きたのか分からず、さすがに芝浦も一瞬度肝を抜かれたが、それでも、窓に向かって走りだそうとした少女の腕を慌てて掴む。今時の小学生にしては背が高く、ふくよかな身体つきにも関わらず、その手首は驚くほど細いもので握り締めたら壊れてしまいそうな気がした。
しばらく叫びながら暴れていた少女は、その動きと叫びを止めたかと思うと、床へ倒れ込む。間一髪のところで支えたけれども、何が起きたのか芝浦には理解ができない。
結局、その少女を近くの総合病院に預けると、保護した警察官から話しを聞く。余り話しの要領は得なかったらしく、犬や猫を殺したから、そして両親を殺したいから牢屋に入るのだと言っていたらしい。だが、両親を殺したいというのは穏やかな話しではない。
「シバさん!」
丁度、病院まで付き添っていた松永が戻ってきて、声を掛けてきた。話しを聞いた警察官を解放してから、松永と二人会議室を借りて本部に連絡を入れる。病院についてからすぐに意識を取り戻したということだったが、結局、余りの興奮具合に鎮静剤を打って眠らせたとのことだった。
そして先ほど警察官から聞いた話しを伝えると電話を切った。この情報を聞いて、本部がどう動くかは分からない。だが、一つだけ想像できることは、彼女にとって両親という言葉は鬼門だということは理解できた。
「マツ、お前親を殺したいと思ったことあるか?」
「難しいこと聞きますねぇ。あ、でも小さい頃、それこそまだ七歳とか八歳くらいの時には、何度か思ったことがありますよ。お気に入りのゲームを捨てられたとか、とっておいたお菓子を食べられたとか」
「……低次元だな」
「だってガキの頃の話しですよ? それに、まだその頃なんて殺すということがどういうことかも分かってませんでしたし。でも、普通は余り考えないと思うんですけど。因みにシバさんは?」
「俺は家を出るまで死ねと思っていたな。元々頭の固い親父だったからな」
「シバさんよりも頭の固い親父……」
呟く松永を軽く小突くと、昔を思い出す。あの頃は反発心だけで、親父が言うこと何もかもが面白く無かった。そして警察官になりたいと言った時、猛反対されて芝浦は家を飛び出した。けれども、年を取れば親父がどうして反対したのか、どうして小うるさく言っていたのか理解もできる。それでも、若い時ほど理解など追いつかないものだった。
だとしたら、あの少女も同じような気持ちだったのか、と考えると全く違う気がする。勿論、時代背景を考慮したとしても、あの怯え方は尋常では無かった。もし、あの時、芝浦の手が少女を掴めなかったら、あの窓から飛び降りそうな勢いだった。そう、あれは間違いなく怯えていた。それは犯した罪に怯えていたのか、それとも……。
芝浦は携帯をスーツの内ポケットから取り出すと、登録してある名前から目当ての名前を探し出すと通話ボタンを押して耳に押し当てた。
「シバさん?」
「少し黙ってろ」
午前一時、既に寝ている時間かもしれないが、それでもどうしても確認しておきたかった。五コール鳴った後、酷くけだるそうな声で相手が出る。
「はい、黒澤です」
「芝浦だ」
「シバさん……一体、何時だと思ってるんですか。一時、真夜中の一時、善良な市民は寝てる時間です」
芝浦だと分かった途端、声を低くした黒澤に苦笑するしかない。お互いの間には最低限の気遣いしかないのは気心の知れた証でもあった。黒澤との付き合いは長く、かれこれ二十年ほどになる。
どんな子ども相手でも味方になりたい、と豪語する黒澤は子ども専門のカウンセラーであり、警視庁と随意契約を交わしている数少ないカウンセラーであった。既に四十歳を過ぎるが快活な人物で、カウンセリングの為に結婚はしないと言い切る剛胆な女性でもあった。
「すまない、だが早急に聞きたいことがあって電話した。虐待された子どもの反応として、親を怖がることは分かる。それ以外にどんな反応がある」
「どんなって、そんなのその子どもによって色々ありますよ。虐待にも色々種類がありますし……でも、大抵の場合、怯えたり、無表情だったりすることは多いですね。どんな虐待なんですか?」
さすがに仕事に関わる話しとなれば黒澤の声もしっかりしたものになる。こうして、深夜でも電話が繋がるようになっているのも、虐待されている子どもがいつでも電話を掛けられるようにしているという話しも聞いたことがある。
「まだそれは分からない。ただ、両親という言葉を出しただけで叫びだした」
年齢や今いる場所を聞かれて答えれば、黒澤は受話器越しに溜息をついた。
「できる限り、近くに人を置いておかないと危険かもしれません。話しを聞いている限り、酷く追い詰められているような気がします。十二歳ともなれば自殺する可能性も考えられます」
「そうか……分かった、気をつける。もし、そっちに連れて行くことになったら診て貰ってもいいか?」
「それは構いませんけど、事件絡むなら上の許可はきちんととって下さいよ。とばっちりはごめんですから」
「分かってる。とにかく人がいた方がいいんだな」
「えぇ、できたらその子にとって信頼度のある人が傍にいたら一番安全です」
さすがに、そこまで調べがついていないから黒澤の案は非常に難しいものだった。もしかしたら、本部に何か情報があるかもしれないから、それを期待したい。黒澤に礼を述べて電話を切ると、すぐに松永が身を乗り出してきた。
「親からの虐待ですか?」
「あぁ、可能性は高いかもな。実際、病院で検査を受けて話しはそれからになるな」
「これからどうします?」
「今から本部からの情報と、本部の指示を仰ぐ。焦るな」
松永のやたら広い額を叩くと、置いたばかりの受話器を取り捜査本部へ電話を繋ぐ。深夜ということもあり、情報収集は難しいらしく芝浦たちが出てきてから新たな情報は無いらしい。精神的に不安定なこともあり、移動は難しいことを伝えれば、両親が警察署の場所を教えろと何度も連絡があったと教えられる。
もしかしたら、両親からの虐待の可能性があることを伝え、こちらの場所は教えないことを約束して貰った上で待機を命じられた。明日には黒澤をこちらに向かわせるという話しを聞き、芝浦はタイミングの良さに苦笑してしまう。別情報として、三流記者がうろついているから身辺には注意して欲しいという言葉を聞いてから電話を切った。
「黒澤さん、こちらへ来るんですか?」
「あぁ、女史が来るぞ」
「俺、あの人苦手なんですよぉ……人のこと子ども扱いするし」
「俺から見てもお前なんて子どもと変わらん」
「酷いですよぉ。これでも成長してるつもりなんですからぁ」
情けない顔で言い募る松永だったが、確かに二年目、ポカはまだまだやらかすけれども、それでも二年前に比べたら随分と成長している。けれども、芝浦はそこで甘い顔を見せてやれる性格ではない。だから松永の泣き言を鼻で笑うと、二人して会議室を出た。県警で待機していても構わなかったが、しばらく悩んだ後に松永へと声を掛けた。
「病院に行く」
「病院、ですか? でも、寝てますよ?」
「別に構わない。記者連中がいるらしいから、一応護衛も兼ねてだ」
「分かりました、すぐに車出します」
切り替えの早い松永はすぐに椅子から立ち上がると、芝浦よりも早く階段を下りていく。その背中を眺めながら、会議室前をウロウロしていた署長を捕まえると、病院に行くことを伝えてから外に出た。署の前では既に車を回してきた松永が待っていて、助手席の扉を開けて車に乗り込む。
病院は完全看護ということもあったが、念のために警備がしたいと申し出れば病室外であれば構わないという許可を得て、椅子を二つ貸し出して貰い扉の両サイドに陣取る。病室内は先ほどのことから心配だと伝えたけれども、モニターしているということで、それ以上強く出ることはしなかった。
ただ病院の廊下で押し黙り、ジリジリとした気分で朝を待つ。本来であれば、すぐにでも少女に色々と聞きたいこともあり気がはやる。けれども、あの取り乱しようを見て、さらにあの少女を追い詰めるような真似は大人としてできなかった。刑事としてそれは甘いのかもしれない。どちらにしても、あの状態であるなら話しの聞きようもない。
取り乱し方が激しかった為か、一時間置きに看護師が見回りに来る。そして、その度に「よく寝ていますよ」と声を掛けてくれるのは少しだけ嬉しく思えた。そして朝七時になるかならないか、そんな時間にも関わらず廊下にハイヒールの音が響き、そちらへと視線を向ければ中尾と共に歩いてくるのは黒澤だった。
すらりとした長身で遠目に見ると男に見えると言ったら、しばらく電話を取り次いで貰えなかったことを思い出す。椅子から立ち上がれば、扉は挟んで反対側にいる松永も立ち上がる。目の前で立ち止まった黒澤は挨拶もせずにいきなり内容を切り出した。
「彼女は?」
「まだ寝てる。物音もしない」
「担当医は誰ですか」
「確か竹河と言っていた」
「分かった。ちょっと行ってくるわ」
それだけ言うと、すぐに黒澤はナースステーションへと向かってしまい、残された中尾はおはようございます、と基本的な挨拶をしてきた。捜査一課に配属されて半年の中尾は、まだ緊張しているらしく指先まできっちりと伸ばし芝浦の前に立つ。その姿を見ていると、二年前に松永が配属された時を思い出す。
「私はこれで本庁に戻ります。黒澤先生のことを宜しくお願い致します」
「あぁ、大丈夫だ。お前も気をつけて帰れよ」
短く返事をした中尾はピシッとした敬礼をすると、足早に廊下を立ち去ってしまう。恐らく捜査本部長から連絡のいった黒澤は、芝浦が事前に電話していたこともあり、始発を待たずに駆けつけてきてくれたのだろう。黒澤が動く、ということは少女の精神状態はそれだけ良くないということかもしれない。
「今回、女史には頑張って貰わないとならないな。マツ、お前ここで待機。俺は定時連絡を入れてくる」
「分かりました」
「何か物音がしたら、ノックしてみろ。返事があったら入ればいいし、無ければ速攻入れ。自殺する可能性もあるからな」
「犯人だから、ですか?」
実際、芝浦は最初に保護する警察官に会うまではシロだと思っていた。普通であれば、犬や猫を殺して泣くくらいなら、人を殺したとなれば人生の終わりに感じていてもおかしくない。けれども、世の中には意識の違う人間がいて、人間と犬猫の命は一緒だとのたまう奴もいる。もし、少女がそういう考え方をするのであれば殺人の可能性もまだ残る。
それに、殺人に発展していく段階で最初は小さなものから殺していき、最後に人間への殺しに発展することも少なくない。果たして少女が言ったらしい犬猫を殺したというのはどれだけの数なのか、もし、殺人を犯していないのであれば、大量に犬猫を殺したことも後日調べなければならない。
「理由は分からん。だが、それが理由とは思えんな。とにかく、中の動きには注意しておけ」
「了解しました」
松永を病室前に残し階段を下りれば、既にロビーでは職員が働いている姿見える。大きく採光を取った窓は正直暑そうではあったものの、古い病院の割に明るさと清潔さは保たれているように見えた。医師に病院内での携帯電話の使用について聞けば、入院病棟であれば構わないという話しを聞き、どうやら少女のいるところであれば通話可能なことが分かった。
それでも、少し気分転換に出れば、朝だというのに夏の日差しはジリジリと肌を焼く。携帯で本部に連絡を入れて定時連絡を受ければ、学校ではクラス全体に自宅待機を命じたこともあり、今日は聞き込みがはかどるだろうと言われた。芝浦からは黒澤が到着したこと、そして中尾が既に戻ったことを伝えて、何かあれば電話を入れて貰う旨を伝えて電話を切った。
叫び声が聞こえ頭上を見上げれば、そこには例の少女が窓枠に片足を掛けている姿が見える。そしてその後ろから松永が羽交い締めにしているのが見えて、芝浦はすぐさま病院内へと駆け込んだ。

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