目が覚めた時に見えたのは白い天井で、少し身動ぎすると見知らぬ顔が覗き込んでくる。
「目が覚めましたか?」
「はい……あの、ここは?」
「ここは病院よ。親御さんにお電話させて貰ったけれども、繋がらないの。お仕事してるのかしら?」
それに対して私は答えられない。パパとママには、余計なことを言うなと言われてる。もし、守れなかったら物置が待ってる。だから口を噤んだけれども、看護師さんは気にしていないらしい。
「ねんざはしてるけど、他には擦り傷だけ。運が良かったわよ。名前、言えるかしら」
「真利亜……加賀見真利亜です」
「うん、大丈夫そうね。そしたら、親御さんと連絡がついたら、お迎えに来て貰いましょうね」
手を動かして、それから足首を動かしてみる。確かに足首は多少痛むけど、そんなに酷い痛みでもない。
「平気です。自分で帰ります」
「そう言われても、一応怪我人なんだから。それから」
看護師さんの言葉途中でノックの音があり、看護師さんが返事をすれば扉が開く。そこから入ってきたのは、授業参観の時に見掛けた神田くんのお母さんと、神田くんだった。そしてその後ろには担任であるユミ先生も一緒にいた。
神田くんのお母さんは、まるで神田くんを猫のように襟首を掴んでいて、そのまま私が寝ているベッドの傍まで連れてきた。
「うちの馬鹿のせいで怪我させて本当にごめんなさい。顔に怪我は……ないみたいね。良かったわ」
心底良かったという表情をする神田くんのお母さんに、私はどんな顔をしていいか分からない。顔に怪我をしていないことがそんなに大切なのか、私には分からなかった。
「それから、ほら」
頭を小突かれた神田くんは、ずっとそっぽを向いていたけど、お母さんに言われて私に目を向けた。その顔は面白く無さそうなものだったけど、それでも、いつもみたいにからかうような色は全くない。
「ごめん……本気で落とすつもりなんてなくて」
口の中でモゴモゴと言う神田くんだったけど、すぐ近くにいるからその声はきちんと私にも聞こえる。どう答えればいいか分からず、少し言葉を探してから声にした。
「分かってるから。助けようとしてくれたし」
「本当にごめん。お前が病院に運ばれて、このまま死んだらどうしようって、ずっと思ってた。もう、あんなこと二度としない。今までも色々ごめん」
「別にいいから」
「でも」
「うん、いいの。大丈夫だから」
もう神田くんがいじめるようなことはしない、それは学校においても私は空気になるということでもあった。そうなると、もう私とって学校という場所は意味のある場所ではなくなってしまう。
神田くんたちがいじめなければ、結局、一日学校にいても誰も声を掛けてこなくなる。それを考えたら、学校へ行くことを酷く苦痛に感じた。
結局、親とは連絡が取れないまま、私はユミ先生に送って貰って家に帰った。帰った時にはもう夕方で、やっぱり家の中には誰もいなかった。心配するユミ先生に大丈夫だからと答えて帰って貰うと、自分の部屋に戻る。
ランドセルを下ろすと、足の痛みもあってベッドに横になる。壁の時計を見れば夕方になっていて、仕事もしないといけない。けれども、少し横になるだけのつもりだったのに、気づけば寝ていたらしい。
いつもの給食の時間。配膳係をしていた私は、神田くんが並ぶのを見て、漠然と、もう神田くんはいらない、と思った。だって、もう私のことをいじめない神田くんは、私にとって必要ない。
神田くんの順番がきて、神田くんに差し出された器の中に、今日の給食である豚汁を入れる。そしてわざとお玉を落とした。
「何してるんだよ、ドジ」
それはいつもの神田くんと変わらない。慌てて拾い上げる隙に、ポケットから取り出した小瓶の中身を器の中に入れる。薬は熱い豚汁の中ですぐに溶けて消えた。
豚汁と薬の入った器を神田くんに返すと、私は慌ててお玉を洗いに教室を出た。落としたお玉を洗って、それからはみんなに配膳して、自分も椅子に座る。先生の合図でいつものようにいただきますと挨拶してからお箸を手に持つ。
けれども、私は自分の給食よりも、違う班にいる神田くんを見てしまう。神田くんは最初に豚汁を持つと、一気にそれを掻き込んだ。それから、顔を歪めるといきなり立ち上がり、床に倒れる。
教室内が悲鳴で騒がしい。けれども、私はただ、ジッと神田くんが床に転がるのを見つめていた。
何も思わない自分に恐ろしさを感じて飛び起きた時、身体中に汗をかいていた。眠ったつもりがなかっただけに、それは現実味を帯びていて、何も感じない自分が怖くなる。
私があの薬を手に入れたのは、あくまで自分が死ぬためのもので、人を殺すためのものじゃない。もう、沢山の犬や猫を殺している。だから、できることなら、これ以上誰かを殺すようなことは絶対にしたくない。
そう思っているのに夢を見た。授業中に、夢には願望が表れることがある、という話しを聞いた。もしかして、神田くんを殺すことが私の願望なのか。そう思うと、もの凄く怖くなった。
そんなことを考えていると、部屋の扉が勢いよく開き、思わず身体がビクッと強張る。扉から入ってきたのは、無表情なママとパパだった。
「今日の仕事はどうしたの。それに学校でいじめられてたって先生が電話を掛けてきたわ。なに面倒起こしてるのよ!」
「いつも言ってるよな。面倒は起こすなって。約束を守れないとどうなるか分かってるよな……」
近づいてくるパパとママに、ベッドで身を縮めながら私は首を横に振った。
「イヤ、あそこはイヤ……」
怖くてジリジリとベッドの端へと逃げたけど、パパは私の身体に覆い被さると手にしていたタオルで口を塞ぐ。声も出ないし、呼吸も苦しい。それなのに、ママはそんなパパを止める所か、私の髪を掴んで歩き出す。
「ほら、とっとと来なさい!」
引っ張られる痛みにどうにか起き上がると、私の上からどいたパパが大きな声でぼやく。
「ったく、昔は担いでいけたのにブクブク太りやがって」
聞こえた言葉が胸に刺さる。私だって好きで太った訳じゃない。そう言いたいけど怖くていえない。それに、今はママが引っ張る髪がとにかく痛くて、上がる悲鳴もタオルに吸い込まれていく。
痛みで涙も滲んできたけど、ママの歩みは止まらない。ひきずられるまま階段を下り、リビングを抜けて庭に出ると、物置の扉が開く音がする。
イヤ、そこは怖い 。
背筋に震えがくるほどの恐怖を感じるのに、ママは私の髪を掴んだまま振り回すようにして物置に入れる。そして、慌てて出ようとしたところでパパに突き飛ばされて尻餅をつく。その間に、目の前で扉は閉められた。そして、無機質に鍵の掛かる音だけが聞こえる。
途端に周りは暗闇に包まれ、外の喧噪すら聞こえなくなる。暗くて、何も聞こえない。それが私は怖かった。
慌てて扉に縋ると拳で叩く。けれども、外からの反応は何もない。両手で慌ててタオルを取ると、ただひたすら「出して!」と叫んだ。何も見えない暗闇の中でひたすら扉を叩く。開けてくれないことは分かってる。それでも今の私にできることはそれだけだった。
結局、その日は叫び続け、疲れて眠りについた。そして、私は暑さで目が覚めると、全身汗まみれになっていることに気づく。物置の中は不快なほど暑く、息苦しささえ感じる。
そして、扉のところに、寝る前には無かったペットボトルが置かれていて、蓋を開けると私はそれを貪るようにして飲んだ。私が寝ている間にパパかママが置いたらしいペットボトルの中身は、ただの水だった。それでも、もの凄く生き返るような気がした。
暗闇の中、今が何時なのかは分からない。ただ、暑さから考えてももう昼近くになるのかもしれない。昨日の夜のようにしばらくの間、扉を叩いて叫んでみたけど、やっぱり外からの反応はない。
昼間、パパとママは家にいることは少ない。どこで何をしているのか知らないし、どんな仕事をしているのか分からない。ただ、学校の作文にはパパはサラリーマンと書いておけと言われている。ママは多分、家にいる犬や猫を売るのをお仕事にしているんだと思う。
たまに学校から帰ってきた時、お客さんが家にいて、生まれて一ヶ月くらいの犬や猫を連れて行く。その時にママがお金を貰っているのを見たことがある。でも、普段は家にいないことが多い。
もし、このまま何日も閉じ込められていたら、暑さで死ぬかも知れない。そう思いながら、私は固い床に寝転がった。ジリジリと温度は上がっているらしく、もう、動かなくても額から汗が滴る。
狭くて、暗くて、ここはイヤだ。もしかしたら、ここから一生出られないのかもしれない。そんな気分になる。でも、あのパパとママの怒り方を見ていると、それもありかもしれない。
そしたら、こんな薄暗い場所で自分は死ぬのか。そう思ったら涙が出てきた。あと数ヶ月我慢すれば、家を出ることができたのに。それ以前に、まだお金は貯まっていないけど、家を出るべきだったのかもしれない。
死にたくない。そう思うのに、死にたいとも思う。あれだけ犬や猫を殺しているのに、人を殺したいと思う願望を持つ自分は、生きている資格が無いようにも思えた。
時折、眠るように意識を失いながら、どれだけそこにいたのか分からない。不意に鍵の開く音で目を開ければ、久しぶりに扉が開いた。そこに立つのは、怒った顔をしたママだった。
「今すぐ風呂に入りなさい」
「ママ……?」
「これからあなたの友達が来るわ。いい、余計なことは言わないでよ。風邪をひいて休んでいたって言いなさい。約束を守れないなら……分かるわよね」
その言葉に慌てて頷くと、ママは「早くしなさい」という言葉を最後に背を向けてしまう。私はぐったりした身体でどうにか起き上がると、近くにあるペットボトルの水を一気に飲み干した。
汗でくっつく洋服が気持ち悪い。ノロノロと立ち上がると、フラつく足で家の中に入ると、すぐに風呂場に向かう。友達なんてものはいない。だから、一体、誰が来るのか分からない。風呂に入ろうとしたところで、ママが脱衣所の扉を開けた。
「これから出掛けるから、友達が帰ったら仕事しなさい。あんたを待ってる子が五匹いるわ」
途端に足下からヒヤリとした何かが這い上がってくる気がした。けれども、そんな私を気にした様子もなく、ママは扉を閉めてしまう。しばらく呆然と立ち尽くしていたけど、すぐに玄関の扉が閉まる音がして、ママが出掛けたことを知る。
もう、これ以上、この家にいるのは無理かもしれない。あの物置で死ぬくらいなら、せめて他の場所で死にたい。そんなことを考えながら、私は久しぶりの風呂に入る。汗を流してすっきりすると、髪をタオルで拭いて洋服に着替えた。
風呂場で随分と水を飲んだけど、まだ足りなくて台所に行くと再び水を飲む。
そこで玄関のチャイムが鳴り、慌てて玄関の扉を開ければ、そこに立っていたのは立川くんだった。話しがあるという立川くんに家へ上がって貰うと、グラスに氷とペットボトルの麦茶を入れる。手にしたグラスはコースターを敷いてから立川くんの前に置いた。
「ありがと」
「……話しって?」
「お前が学校に来ないのっていじめられてるから?」
唐突な問い掛けに、どう答えるべきか迷う。ママに余計なことを言うなと言われている。それにいじめられて学校に行かない訳じゃない。
「風邪ひいてたの」
「でも、元気そうじゃん。あ、でも、顔赤いか」
「だから休んでいただけ」
「あのさ……」
そこで言葉を句切った立川くんは、一旦視線をそらしてから、再び私に目を向けると勢いよく頭を下げた。
「ごめん! ずっと見て見ぬふりして」
突然の言葉にどうしていいのか分からない。一体、立川くんが何に対して謝っているのかも、よく分からない。
「立川くん?」
「いじめられてるの分かってて、ずっと見てないふりしてた。加賀見も全然平気そうな顔してるし。でも、この間、階段から加賀見が落ちた時に後悔した。もし、あれで加賀見が死んでたら、俺もいじめてた人間なんだって。本当にごめん」
そう言って謝る立川くんは、らしくもなく泣いていた。下げた顔からはポツポツと涙が落ちて、立川くんの穿いているジーンズに吸い込まれていく。男の子でも泣くことあるんだと、変なところで感動してしまう。
「別に、本当に平気だったから」
「でも、時々辛そうにしてただろ」
「大丈夫だよ」
「もし、神田のいじめが酷くて学校に来れないなら、俺が言ってやるから。今度こそ、殴ってでも止めるから」
多分、立川くんも凄く後悔したのかもしれない。病院で会った神田くんも、今の立川くんと同じような顔をしていた。でも、私としては本当に気にしていなかった。むしろいじめられることでホッとしていた部分もある。
勿論、いじめがいいことだとは思えない。それを苦にして自殺する子だっている。それでも、神田くんたちのいじめは、一歩引いたところにあり、少なくとも「死ね」とか言われたことは無かった。ただ、引っ込みがつかなくなった部分もあったのかもしれない。
「友達でしょ? そういうのよくないと思う」
「でも、お前がそれで学校行きたくないなら!」
「大丈夫だから、本当に……」
神田くんは謝ってくれた。多分、あれは本気で謝っていたと思う。だから、これからいじめるようなことはしないと思う。でも、それを立川くんに言っていいのか分からない。だから、神田くんのことは、それ以上言わないでおいた。
麦茶を飲み干した立川くんは、最後にトイレを借りるから、と言って一旦リビングを出て行く。何度もここへ来たことがある立川くんにトイレの場所を説明する必要もない。
それからリビングに戻ってきた立川くんに再び謝られてしまう。その後は、明日は学校に来るのかと聞く立川くんに曖昧な返事をしながら玄関で別れた。
立川くんが帰った後、立川くんが使ったグラスを洗う。グラスとコースターを片付けると、部屋に戻るために二階の階段に足を掛けた。そこで再びチャイムが鳴り、珍しいと思いながら玄関を開けた。そこに立っていたのは渋谷くんだった。
「少しいいか?」
その言葉に頷くと、私は渋谷くんをリビングへと案内した。いつでもリビングと、リビングから見えるキッチンは綺麗に片付けられている。犬や猫を引き取りにきたお客さんを通すために、ママが欠かさず掃除している場所でもあった。
先ほどと同じように麦茶を用意してテーブルに置くと、渋谷くんはランドセルの中からプリント類を幾つか取り出した。
「これ、溜まってたから持ってきた」
「ありがとう」
「風邪、そんなに酷かったのか?」
その問い掛けの意味が分からず黙っていれば、渋谷くんはジロジロと遠慮なく私を見る。
「痩せた気がする」
「そう、かな? 自分ではよく分からない」
「学校にはいつ来るんだ?」
「多分、明日には」
「本当に?」
無表情な問い掛けに、私としては答えられない。もう、今日の夜には家を出ることを決めていた。このままここにいたら、本当に殺される気がした。ただ、逃げられる自信も無かった。一層、これ以上辛い思いをするくらいなら……。
「加賀屋?」
渋谷くんの声で我に返ると、慌てて頷いた。自分の手で幾つもの命を殺してきた。それを償わないといけないと分かってる。分かってる筈なのに、逃げようとした自分がいる。
「行けると思う」
「絶対来いよ」
それだけ言うと、渋谷くんはランドセルを持つとソファから立ち上がった。玄関まで見送ろうとしたけど、渋谷くんに止められて、結局、お礼を言ってリビングでその背中を見送った。
頭が痛い。それは仕事の目の前にした拒絶反応かもしれない。リビングに戻りグラスを手にすると、改めて壁に掛かる時計に目をやる。私の記憶から既に二日が進み、学校を二日も休んでいたことを知る。
明日は土曜日。土曜日だろうと日曜日だろうと、パパもママも昼間家にいることはない。立川くんも渋谷くんも、学校に来ない私を気にしていた。だったら、明日は学校に行って、明日の午後には家を出よう。
そこまで考えると渋谷くんに出したグラスを片付ける。渋谷くんは本当に用件だけを話して帰って行ったから、麦茶には手をつけていない。どうしようか悩んでから、久しぶりに水以外の飲み物を口にした。水に比べて味のある麦茶は、本当に美味しいものだった。
今すぐ出て行く訳じゃないなら、とにかく仕事はしないといけない。気分は重いままいつもの扉を開けると、いつもの手順でノートを手にすると、ページを捲る。
するとそこには一枚のメモ用紙が入っていて、二つの番号が書かれている。そしてその番号の下には大きく「処分」と書かれていて、その文字を見ると泣きたくなる。
犬も猫も生きているのに、パパもママもまるで物のようにしか扱わない。壊れたおもちゃでも捨てるように、犬や猫を処分する。それが私には凄く悲しかった。そして、その悲しさを分かって欲しかった。
最後の仕事だと心に決めながら、メモに書いてある檻に近づくと、そこにはぐったりとした犬と、まだ元気な猫がいた。
犬の方は動く元気もないらしく、私を見ようともしない。逆に猫は先日見た時と変わらず、座って毛繕いをしていた。この猫は半年くらい前に子猫を生んだ記憶がある。
病気らしい犬は病院に連れて行けば治るかもしれないし、元気な猫はそれこそ殺さなくても引き取り手がいそうな気がする。それなのに、殺さないといけないのかと思うと、涙が止まらなかった。
もう、こんなことをしたくない。いつもそう思っていた。でも、明日からしなくていいんだと思うと、これから殺さなければいけないことを忘れて、安堵の溜息が零れた。
ノートを片手に檻をチェックすれば、既に生まれて四日と五日になる子犬と子猫がいる。イヤだと思いながら子猫と子犬をチェックすれば、ママが言ったように二匹の猫と、三匹の子犬は奇形があった。
全部で七匹の犬や猫を殺さなくてはいけない。最後の仕事だと分かっていても、くじけそうになる。でも、これをしなければ、今晩からまた物置に閉じ込められる。そうしたら、次に出して貰えるのはいつになるか分からない。
背中に汗が伝うのを感じながらも、籠を持ってくると、その中に殺さなければならない子犬と子猫を入れる。それから数が多いこともあって、今日はペットボトルを半分に切った器に薬を入れ、それを別のペットボトルに入った水分で解いていく。
時折、手袋越しの手の甲で涙を拭いながら準備を調えると、少し悩んでからまだ小さな子犬や子猫に注射を打っていく。最後の子猫を籠へ戻す時、最初に注射を打った子犬は既に息絶えていた。
それから泣きながら注射を持ったまま犬の檻に近づくと扉を開ける。元気の無い犬は少しだけ鼻を鳴らしながら私を見る。まるでその目が助けてと訴えているようで、さらに涙が出てきた。
心の中で何度もごめんねと言いながら、その細い腕を掴むと注射器を刺す。嫌がるそぶりを見せたけど、その嫌がり方は力ないもので、注射はすんなりと打ち終えた。
自分がしたことなのに、最後まで看取る覚悟は無くて、私はすぐに棚へ戻ると注射に薬を吸い上げる。どれだけ泣いているのか自分でも分からない。身体中の水分が全て無くなってしまいそうな気がする。
次は元気な猫のところへ行き、檻の扉を開けた。手を伸ばせば擦り寄ってきて、私の手に頭をなでつける。その動作が可愛いことにまた涙が出てくる。可愛いのに殺さないといけない、まだ元気なのに殺さないといけない。
そのことが苦しくて、擦り寄る猫を抱き上げると顎の下を指先で撫でてやる。途端にゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし、そんな猫の上に涙が落ちた。
動物を殺したら罪になると、学校で先生が話していた。だとしたら、私は掴まったら牢屋に入れられるのかもしれない。でも、それでこそ、罪を償える気もした。
これからどうするのか、先のことまでは分からない。でも、明日はとにかく家を出る。そのためには、物置に閉じ込められる訳にはいかない。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫を檻に戻すと、心を鬼にして猫の手を取る。猫は手を取られるのがイヤで、私の手に噛みついてきた。でも、それは受けるべき罰のような気がして、痛みに耐えながらも注射を打つ。
それから檻を閉めて逃げるようにして棚の前に立つと、すぐ近くにあるゴミ箱の蓋を開けた。もう二日も食べていない胃には何もなくて、それなのに吐き気が収まらずゴミ箱に吐き出した。
死にたいのか、逃げたいのか、捕まりたいのか、怖いのか、死にたくないのか、そのどれもが入り交じり、混乱する。
それでも、しばらくすると吐き気は収まり、私は殺してしまった子猫や子犬の籠を持って、檻の前に立つ。最初に注射した犬は既に息絶えていて、檻の扉を開けると、その亡骸を籠の中にそっと重ねて入れた。
同じように猫の檻へ前に立つと、前足がもがくように微かに動いていて、自分のしたことの結果を目にする。その場で動くこともできず、息すら止めて、ただ、死んでしまうその猫を見つめていた。
今日一日で泣きすぎたのか、もう涙は出てこなかった。ただ、檻を開けて亡骸になった猫を手にすると、先ほどと同じようにそっと籠に入れてから、庭へと向かう。
感情が渦巻きすぎて、自分でも何を考えているのだか分からない。ただ、まっすぐに庭の穴に近づくと、籠の中から一体ずつ亡骸を取り出し、穴へそっと落としていく。全ての犬と猫を穴に入れると、いつものように土を被せる。
そして、庭の片隅から花を摘み取ると、これもいつものように穴の中へと入れて、そして手を合わせた。
ごめんなさい、と何度も謝る。罪悪感に囚われながらも、これで最後だと思うと安堵する気持ちもある。そんな気持ちになること自体が今まで殺してしまった犬や猫に、申し訳無く思う。
泣きたい気分なのに、涙は涸れてしまったのか、もう出てくることは無かった。