Chapter.VI:喜びの結婚 Act.4

楠木のウエディングドレス姿に思わず見惚れていると、近付いてきた楠木に軽く小突かれた。
「ちょっとは誉めなさいよ」
「もう凄く綺麗です! 無茶苦茶綺麗です! だって、今、余りにも綺麗で声出ませんでした! うわー、いいなー、いいなー」
楠木相手ということもあってつい菜枝の口調も砕けたものになってしまい、衣装部の部長に睨まれて菜枝は首を竦める。
「常盤の褒め言葉聞いてると、クラクラするわ」
「え? 何でですか」
「本気で言ってるぽいところが」
「何でですか、本気じゃダメですか?」
「うん、あんたはそのままでいなさい」
何だか、この言葉もよく聞いている気がする。何か変なんだろうか、自分は。そう思っても、これといって自分では分からず首を傾げるしかない。
「でも、本当に綺麗です。いいなー花嫁さん」
「あんたもなればいいじゃない」
「え? 無理無理」
「何でよ、一之瀬だっているし丁度良いじゃない」
「いやいや、その結婚とかまだまだ全然というか……」
結婚したら一緒に暮らす訳で、もうそんなの絶対無理というか。
あれから一之瀬とは恋人になり、一応お付き合いなるものをしている。けれども、あいつは絶対むっつりに違いない。そういうことは何も考えてませんみたいな顔してる癖に、本気でありえない。あんな奴と一緒に暮らしたら、それこそ身体が幾つあっても保たない。
「何か問題でもある訳?」
「あ、いえ、その……」
さすがに幾ら楠木相手でもそこまで暴露出来るほど菜枝も恥知らずでも無く、徐々に赤くなる顔をどうしていいか分からない。
その菜枝の表情で分かってしまったのか楠木は溜息をついた。
「ようは身体が保たない、と。若くていいわねー」
「どうして分かるんですか!」
慌てて菜枝は楠木を見上げれば、呆れたような視線を投げられた。
「それだけ赤い顔してたら誰だって分かるわよ。まぁ、くっついてくれて良かったわよ。じゃないと私だけ良い目を見るんじゃ一之瀬に悪いしね」
「それは共同ラインのことですか」
「そうよ。まぁ、それもあったから一之瀬と常盤を指名して組ませたけど、思いのほかあっさりとくっついてこっちの方がびっくりよ」
「え? えっと、それは仕組んでいたことだと?」
「そうに決まってるじゃない。じゃなかったら、自分たちの結婚式くらい自分たちでやるわよ」
菜枝としてはもう、楠木の言い分に唖然とするしかない。確かに言われてみれば、ブライダル部のトップを競う二人な訳だから、新人の菜枝や一之瀬にやらせるよりもずっと手は早かったに違いない。
「えー、それだけの為に私たちやらされたんですか? もの凄く公私混同じゃないですか」
「あら、花嫁の特権よ、それくらい。でも、お陰で良いもの見せて貰ったし」
はて、何か見せるようなものがあっただろうか。菜枝は考えてみるけど、何を見せたのかさっぱり分からない。
「菜枝のリピーター率の秘密。私もこれからはその方法で頑張らせてもらうから」
「うぅ、楠木さんに同じ手法取られたら、私の立つ瀬全然無いじゃないですか」
「これがね、不思議とそう上手く行かないものなのよ。あれは常盤だからこその技かもしれないし」
「でも、一之瀬は売上上げてますし、リピーターついてきてますよ?」
「あれはあいつの無難さが規模の大きな結婚式やる人間に受けてるのよ。規模が大きいってことはそれなりにお偉いさんな訳。お偉いさんになればなるほど、芸能人でも無い限り無難な結婚式にしたがるものよ」
あぁ、そう言われると確かに納得出来る気がする。基本的に菜枝が手がける結婚式はそこまで大きな規模のものは無い。あるとすれば、それこそ今後控えてる美華子の結婚式くらいなものだ。
「さてと、常盤、行くわよ」
「え、介添さんは?」
「常盤がやればいいじゃない。皆忙しいんだし」
「トレーン踏んだらすみません」
「踏んだら殴る」
そう言って笑う楠木はやっぱりとても綺麗だった。キリッとした目鼻立ち、そして赤く色づく唇も本当に綺麗だと思った。
「楠木さん、何か泣きそうです、私」
「何であんたが泣くのよ」
「だって、本当に綺麗だし、先輩には勿体ない気がしてきた」
「でも私はあれがいいのよね、不思議なことに」
「不思議なんですか?」
「あら、常盤だって何で一之瀬なんだろう、とか思った事無い?」
「毎日思ってます!」
思わず目一杯菜枝が力説すれば楠木に笑われてしまう。
だって、本当にムカつくことも多いし、一言多いのに、それでも傍に居て欲しいとかありえない。しかも負けたく無いと思ってる相手なのに、それでも好きとか本当にほんとーにありえない。
「まぁ、恋なんてそんなものよね。私だって何度ありえないと思ったことか」
「本当に不思議ですよね。でも、好きなんですよねー」
何気なく言った言葉だったけれども、横を歩いていた楠木が歩みを止めて菜枝をマジマジと見てから小さく溜息をついた。
「な、何ですか」
「私としては常盤のその素直さがやっぱり羨ましいわ」
「え? 何か変なこと言いましたっけ?」
「近い内に常盤も結婚するわよ、間違いなく」
「何ですか、その予言めいた言葉は」
「だって、一之瀬が待てるとは思えないもの」
待てないとはどういう意味だ? いや、一之瀬はあれで結構気長だと思うけど、どうにも菜枝と楠木の間では一之瀬の認識が違う気がする。
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「一之瀬は既に結婚する準備万端ってことよ」
「はい? えっと、準備って、え?」
「別に結婚式だけが結婚準備だけじゃないでしょ。覚悟しておきなさい」
「い、いやだー」
情けない顔になる菜枝に、楠木はカラカラと笑う。
教会前の扉へ到着すると、そこには嘉門が係の人と話しながら笑っている。全然緊張感が無いところがこの二人こそだと思う。こちらに気付いた嘉門が笑顔でこちらに手を上げる。
「お待たせ」
「別に待ってないな。さて、そろそろ時間だし行くか」
「えぇ」
二人が扉の前で腕を組む。本来ならヴァージンロードはお嫁さんの父親と歩くものだけど、楠木はそれを良しとしなかった。
父親が頑固にもヴァージンロードなんて絶対に歩かんと言われたからという背景もあるらしい。一生に一度の結婚式だからと母親は言ってくれたらしいけれども、楠木は父親の言い分を受け入れたことになる。家族が仲が良いと聞いていたので、そういう選択もありなのだと思う。
「開けますよ」
「オッケー」
偉い軽いノリで言う嘉門に笑ってしまいそうになりながらも、係の人と目を合わせて扉を開けた。
目映い光の向こう側へと二人がゆっくりと歩き出す。その背中は二人とも凛としたもので、本当に綺麗だった。いつ見てもこの風景が一番菜枝にとっては好きだった。幸せに向かって踏み出す一歩。菜枝の目にはそう映る。
自然と笑みが浮かびそうになるのを引き締めると、音を立てないように中へ入るとぐるりと回って新婦の前に立つ楠木のトレーンを直す。踏んだら殴られると頭に思い浮かべながら、菜枝にとっては出来るだけ丁寧にトレーンを直すと端の方へと避ける。
結婚式は滞りなく進み、二人の両親は時折ハンカチを目元にあてながら目を潤ませていて、菜枝ももらい泣きしそうになる。
最後にそのまま教会を出て行く予定なのに、祭壇の前で二人が別れると何故か楠木は菜枝の方へと歩いて来る。
「え? え?」
訳の分からなさにオロオロしていれば、楠木は手にしていたブーケを菜枝へと差し出してきた。
「受け取りなさい」
「はぁ」
何とも情けない声と共に、楠木の持っていたカサブランカで作られたブーケを受け取る。でも、こんな予定には無いことをされても菜枝としては困惑するしかない。
正面を見れば、同じく端で待機していた一之瀬も困惑している様子が見える。そんな一之瀬の胸元に、嘉門が胸元に刺さっていた白いバラを抜き取ると、一之瀬のポケットに入れるのが見えた。
「あ、あの」
「次は常盤たちの番よ」
そう言われてようやくブーケトスは絶対にしないと言いはった楠木の理由が分かった気がする。
「く、楠木さん」
慌てる菜枝にウインクすると再び二人は祭壇前に戻ると笑顔で腕を組む。そしてお互いに視線を合わせると楽しそうに笑う。二人のその笑顔は、菜枝が今まで見た中で一番幸せそうな笑顔でもあった。
そんな二人にフラワーシャワーが注ぎ、ピンクやら白やら黄色の花びらが舞う中、二人は扉に向かって歩き出す。菜枝は慌てて扉へと向かうと、正面に立つ一之瀬と共に扉を大きく開けた。
生真面目な顔をした一之瀬と視線が合い、その口元が少しだけ笑う。やられた、と言わんばかりの苦笑気味の笑みに、菜枝も口元を少しだけ緩める。そして二人に視線を向ければ、してやったりの笑みを浮かべた二人がいて、もう声を上げて笑いたいくらいなのに菜枝は最後まで神妙な顔を保つのがかなり厳しかった。
二人が出て行き、菜枝たちも扉の外へ出ると一旦扉を閉める。途端に笑いを噴き出してしまい、嘉門や楠木も笑い出す。
「結婚式の祭壇前で二人が別れるなんて前代未聞ですよ」
「あらいいじゃない、私たちの結婚式なんだから」
「だったら少しは事前に打ち合わせくらいして下さい」
「やーね、こういうのはサプライズでしょ」
「そうそう、でも一之瀬のちょっと焦った顔は見物だったぞ」
「見せ物ではありませんが?」
問い掛ける一之瀬に嘉門はニヤニヤと笑いつつも軽く肩を叩く。
「いいじゃないの、たまにはこういうビックリも。どうせお前さんも腹を括ったんだろ」
「お陰さまで」
「ちょっと待った! 勝手に腹括るな!」
この流れで何に腹を括ったのかなんて聞かなくても分かる。だからこそ異を唱えたけれども、何故か嘉門と楠木、二人に両肩を叩かれる。
「諦めなさい」
「そうそう、菜枝のいい所は度胸と勢いだ」
「それ全然誉めてない!」
二人に食って掛かるけど、二人は楽しげに笑うばかりで取り合いもしてくれない。地団太を踏む菜枝の肩を掴んだ一之瀬が、正面に立つ。
「手を出せ」
「何よ」
「いいから出せ」
何だかよく分からないままに手を出せば、そこに小さな小箱が乗せられる。さすがにそのビロードで覆われた箱にどういう類いの物が入ってるかなんてことは知ってる。
「受け取ったから諦めろ」
「え? え? 何これ!」
「婚約指輪」
「ギャー! いらない、まだいらないから!」
「諦めろ」
「いーやーだー!」
そんな菜枝の叫びとは裏腹に嘉門と楠木が笑う。突き返そうとするけれども受け取ろうとしない一之瀬に、菜枝はオロオロするしかない。
「いいじゃない、取り合えず受け取っておきなさい。今は私たちの披露宴控えてるんだから」
「そうそう、そういうことは後でな」
「で、でも」
「ほら、行くわよ」
何だかもの凄く流されてる気がする。でも、時間は確かに迫っていて、長い楠木のトレーンを軽く持ち上げると四人で歩き出す。仕方なくどうしていいか分からない小箱をポケットの中へ入れる。微かな重みをポケットから伝えてくるけど、それはちょっとした幸せの重みでもあった。

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