安全圏の彼と彼 第3章

朝、会社に行くとどうにも周りの視線が刺々しく感じるのは気のせいなのか。首を傾げながらも営業5課の扉をくぐる前に千里に腕を掴まれ、一番小さな会議室へと連れ込まれた。

「ちょっと、千里」
「不味いよ、芹香。凄い噂になってる」

少し泣きそうな顔をした千里に何が起きているのか全く分からず内心首を傾げるしかない。

「千里、噂って何?」
「芹香、土曜日板橋課長と一緒だったでしょ」
「あぁ、うん。ごめん、抜け駆けとかするつもりじゃなかったんだけど、たまたま」
「しかも日曜日、前橋君と一緒だったでしょ」

いや、ここまでくれば聞かなくても分かる。恐らく2人と一緒にいるところを社内の誰か、恐らく女性社員が見ていたのだろう。
これは確かに非常に不味い事態に違いない。社内の刺さるような視線にも納得がいった。板橋にしろ前橋にしろ、女性社員からの人気は高い。何しろあのルックスだから女性社員が放っておく訳が無い。

「えっと……どういう状況?」
「芹香が二股掛けてるって話しになってる」
「だろうね……それは」

基本的に物事を強引に進めがちな私と草食系の2人となれば、誰もが私が誘ったとみるに違いない。

「大丈夫?」
「あー、まぁ、どうにかするわ。でも、言っておくけど板橋課長とは偶然会っただけだから。因みに恋人はいないって」

途端に千里の顔が赤くなり「もう、やだぁ」と言いながら背中を叩かれた。

「痛いよ」
「あの言葉本気にしたの? 確かに板橋課長は格好良いけど、本気で狙う訳ないじゃない」
「随分熱上げてたように見えたけど」
「……ごめん、実は昨日恋人が出来ちゃった」

嬉しそうに報告する千里を見て、小柄な千里の頭をよしよしと撫でる。

「そっか、良かったね。いい人?」
「うん、凄く優しい人」

他人が幸せそうなのは見ているだけで幸せを分けて貰っている気分になる。羨ましくないと言ったら嘘になるけど、単純に嬉しかった。

「でも、芹香、本当に大丈夫?」
「まぁ、どうにかなるわよ。余り酷かったら2人からも言って貰うし」

女の嫉妬は怖い。女ばかりの生活をしていたからその怖さは十分に知っている。
けれども、板橋や前橋とそういう関係じゃないと言って貰えば、問題は無くなるだろう。ただ、前橋の方は否定してくれるのか甚だ疑問ではあるが……。

「どっちかと恋人ってことは?」
「ないない。私はしばらく仕事が恋人。今仕事が面白いから恋人まで構えないし」
「まぁ、確かに芹香は楽しそうだよね。女子社員相手に切れたりしないでね」
「……心得ておきます」

神妙な顔をして言ってから、千里と顔を合わせて2人で笑う。
始業開始十分前のチャイムの音で2人揃って慌てて会議室を飛び出し私は5課の扉をくぐる。

「おはようございます」

元気な声で挨拶をしてきたのは前橋で「おはよう」といつも通りに声を掛ける。何人かとすれ違いながら挨拶をしたけど、事務の女の子とたちは1人も挨拶してくれなかった。
これでは先が思いやられる。

実際、仕事が始まれば先が思いやられるという程度では済まなくなった。電話の取次ぎはされない。FAXは捨てられる。机の上にお茶を零される。
古典的だが仕事に支障が出るとなれば黙ってもいられなくなった。
椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がると「ごめんなさ~い」と謝る事務の女の子を睨みつける。

「私はね、どういう感情をあなたが持とうとどうでもいいわ。でも、仕事の邪魔をされるのだけは我慢がならない。この契約を破棄されたら、どれだけの損害が出るか分かる? 数百万、数百万よ? それが分からない?」
「分かる訳ないでしょ! あんたの仕事なんか」

女の恐ろしいところは、昨日の友は明日の敵というところだ。金曜日とは一転、あっさりと掌を返した女の子に蔑みの目を向ける。
部屋は奇妙に静かだった。

「えぇ、そうでしょうね。男ばかりに現抜かしていれば」

それは強烈な皮肉だった。

基本的に温厚とは言い難い性格だと自分でも分かっているし、やられたら十倍にしてやりかえす性質だ。

「ちょっと、新橋さん! 言い過ぎでしょ!」

もう1人の事務員が立ち上がって泣きそうな顔をした彼女に近付くとその背を擦る。まるで泣けば勝ちのようなズルさが一番嫌いだ。

「あぁ、そう。なら、今日あなたたち2人にされたこと、全て言いましょうか?」

自分でも嫌な女だと思う。けれども我慢がならなかった。

「新橋さん、それくらいにして下さい」

穏やかな口調で女の争いに口を挟んだのはそれまで席を外していた板橋だった。課長という立場からすると本来ならもっと早くに口を出されても文句は言えない。

「……申し訳ありません」

謝るのは仕事場で諍いごとをしてしまったからだ。視界の端で女2人が笑うのが見えたけど、奥歯を噛んで頭を下げた。

「原因は何ですか?」
「彼女達は私が板橋課長や前橋君と付き合ってると誤解しています」
「付き合ってる……んですか、私達は?」

大分間の抜けた質問に力が抜ける。

「恋人になった記憶はありませんが」
「えぇ、そうですよね。前橋君とは付き合ってるんですか?」
「いいえ、恋人になった記憶はありません」

いいながら前橋を一瞬睨みつければ、器用に片眉を上げて見せた。

「えぇ、付き合ってません」

途端に女2人の顔色が変わる。

「だって、土曜日に課長と」
「えぇ、偶然お会いしたのでお互い1人だったこともありお茶をしましたが、それが何か問題ありますか?」
「な、なら、前橋君は!」
「僕は分からない書類があったので休日には申し訳ないと思ったんですが前橋さんにお願いして教えて頂きました」

途端に女2人でひそひそと話し出し、私を見上げる。

「まだ何か言いたいことはある?」
「……ごめんなさい」

2人の小さな声が重なり「分かればいいわ」と答えると改めて課長に頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」
「問題は解決しましたか?」
「えぇ、多分」

ニッコリと笑顔を向ければ、板橋も穏やかな笑みを浮かべた。

「それは良かったです。それなら仕事を再開しましょう」

そんな声に慌しく喧騒が戻ってくる。その状況にホッとしながら自分の椅子に腰掛けると、女子2人が改めて謝ってきた。きちんと他の子にも伝えるように言うと、涙目になりながらもコクコクと頷いていた。

今日は居心地悪い思いをするだろうけど、明日には元通りになるに違いない。
すっかり濡れてしまった書類をチェックしながら片付けていれば、隣りに座る前橋が顔を寄せてきた。

「課長とお茶したんですか」
「成り行きでね」

それ以上の言葉はなく、前橋をチラリと見ればもの凄い笑顔の前橋がそこにいる。

「ま、前橋君?」

こちらの動揺は全く気にした様子も無く、前橋は手にした書類を差し出してきた。

「新橋さん、この数値見直しとサンプル確認をお願いしたいので倉庫までお願いできますか?」

……何か、嫌だ。この笑顔の裏には何があるんだろう。

そう考えると寒気すらする。だからといって断れるだけの理由も無い。

「……分かったわ。けど、ここを片付けてからね」

そう言って濡れた書類を見せれば、心得たと言うように前橋は「はい」と元気な返事をする。
しっかりと前橋の裏側を見た私にとって、その笑顔は悪魔の微笑みにしか見えない。行きたくはないけど、ここでのんびり片付けしているだけの時間も無い。だったら、すぐに片付けて前橋の用事も終わらせて仕事をするだけの話しだ。

あと30分もすれば昼休みになる。昼休みを潰せば今日の嫌がらせで送れば分は残業せずとも取り戻せるに違いない。そんな思いから書類を手早く片付けて、立ち上がれば、前橋に強引に腕をつかまれた。 強引に腕を引かれて会議室まで向かう最中、何人もの目に晒された。これじゃあ、先の話しの意味がない。

「ちょっと、前橋君、この手離して」
「ダメです。僕、今は余裕がありませんから」
「困るのよ。君は自分の人気を自覚するべきよ」

そのまま第8会議室へ入ると強引に腕を引かれ、立っている場所が入れ替わる。前橋に唯一の出入り口を塞がれた格好になり、睨みつける。

「僕、これでも自覚ありますよ」
「だったら、もう少し考えた態度を取って頂戴。私が迷惑よ」

きっぱりと言えば、前橋は少しだけ苦笑しながら自分を見ている。

「本当に芹香さんってば、仕事中と休みとで全然態度が違うんですから」
「仕事中に名前呼ばない」

スッと前橋の目が細くなり、感情が抜け落ちたように無表情になる。

「な、何よ」
「見せたんですか? 休日の芹香さんを課長に」
「別に減るもんじゃないでしょ」
「減ります。それに……」

言葉途中で扉をノックする音が響き、前橋は小さく舌打ちすると扉を開けた。

「課長、どうかしましたか?」

前橋の目の前に立つのは板橋で、そこにはいつもの笑みが浮んでいた。

「何か揉めてるのかと思いまして」
「別に揉めてないので大丈夫ですよ」
「本当ですか? 新橋さん」

揉めてると言えば揉めてる。けれども、それはプライベートなことであって仕事に関わることじゃない。でも困っているのは確かで返事に詰まれば、板橋は前橋の横をすり抜けて部屋へ入ってきた。
扉の閉まる音が部屋に響き、3人だけの空間が出来上がる。空気は微妙に緊張していて、居心地が悪い。

「あ、あの……」
「何かあれば相談して下さい」
「あ…………はい」

笑顔の板橋にそれだけ言えば、板橋の後ろにいた前橋が動くのが見えた。前橋に腕を掴まれると、振り解くよりも先に抱きしめられてそのまま唇が重なる。

「ん、んーっ!!」

冗談じゃない。何で社内で、しかも板橋の前でキスをしなくちゃいけないのか訳が分からない。抗議するのに前橋の胸板を叩くけど、前橋にとって全く気にならないらしい。それ所か、こともあろうに舌まで入れてきた。
もの凄い勢いで頭に血が上る。それはもう反射的なものだった。頬を打つ音が部屋に響き、慌てて前橋から離れると唇を押さえる。

「どういうつもりよ!」

かなりの大声だったにも関わらず、前橋はこちらを見ることなく板橋へと視線を向けるとニッコリと笑みを浮かべた。

「という関係なんで、出来たら見ない振りをして貰えると助かるんですけど」

もの凄い笑顔なのに、どこか薄ら寒い。それに対して向かい合う板橋は、全く笑顔を崩すことなく前橋を見ている。

「強引なのは嫌われる元ですよ」
「大丈夫ですよ。芹香さん、こういうの嫌いじゃありませんから」
「普通に考えたら嫌に決まってるでしょ」

会話に割り込むように言えば、板橋は更に笑みを深めた。

「嫌だそうですよ」
「……」

沈黙が痛い。逃げ出したい気分にさせられる。
そんな空気の中、板橋が口を開いた。

「君たちは恋人同士なんですか?」

前橋を見て、それから私へと視線を向けた課長に「違います」と即答する。

「そうですか。それは安心しました。前橋君、社内でこういう行為は辞めて下さいね。でないと、私としても上に報告しなければなりませんから」

そう言って板橋は会議室の扉を開ける。前橋は苦々しげな顔をしてからチラリとこちらを見る。その顔は少し悲しげなものに見えた。

そんな顔をさせたのが自分だと思えば胸も痛い。けれども、これでいい筈――――。そう、選択としては正しかった筈だ。

今の内ならまだ最小限で済む。けれども、もっと大事になれば周りにも迷惑が掛かる。何よりも事が恋愛となれば、更に傷は大きくなり迷惑度も高くなる。
自分をそう納得させると改めて板橋へ向き直り頭を下げた。

「色々とご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いえ、別に迷惑なんて掛かっていませんよ。それより、大丈夫ですか?」
「あ……はい、大丈夫です。本当に見苦しい所を見せてしまってすいません」

穴があったら入りたいというのはこのことかもしれない。部下に迫られているのを上司に見られて、しかも助けられるなんていうのは情けないものがある。

「課内で移動させましょうか? 別に前橋君は伊東君の下につけても構わない訳ですし」
「いえ、大丈夫です。どちらにせよ、面倒を見るのは後1ヶ月の話しですし、それを過ぎれば別々ですから」

同じ課内とは言えども、営業先はかなり違う。勿論、被る部分もあるが、2人で営業先に回るなんてことは数少なくなる。
そして今でこそ自分が前橋の上司だけど、1ヶ月先には自分と同じく4年先輩である佐々木の部下となる。そうなれば、自分に教えることは無くなるし、接触は極力減ることになるだろう。

それに、中途半端に役目を放り投げることは性格的に出来なかった。そんな思いも含め板橋に伝えれば、菩薩顔で聞いていた板橋の表情が思案げになる。

「それなら、せめて帰りは送って帰りましょうか?」
「帰り、ですか?」
「えぇ、前橋君、待ってるんじゃないんですか?」

待ってる――――可能性は非常に高いと思う。

何がどう気にいたのかは分からないけど、自分が酷く執着されていることはもう分かってる。だからといって、これ以上板橋に迷惑を掛けるのはおかしな話しだ。本来であれば、自分と前橋で話し合って解決しなければならない問題でもあるのだから。

「大丈夫です。そこまで課長にお願いしたら、明日から女子社員の目が怖くて私が出社出来なくなりますよ」

笑いながら言えば、板橋の顔にも穏やかな笑みが戻る。

「けど、男の嫉妬は怖いですよ」

穏やかに笑ってる。笑っているのに、どこかヒヤリとした空気が流れたのは気のせいだったのか。

「とにかく、何かあれば私に相談して下さい」
「はい、分かりました」

答えた声は少しだけ掠れていたように思えた。
板橋に促されるように会議室を出れば、すぐ隣りの会議室へと板橋に促される。困惑しながらも板橋について第7会議室に入れば、机の上には少し厚めファイルが乗せられていた。そのファイルを手に取った板橋は、それを私に差し出してくる。

「今月半ばにあるプレゼン用の資料です。これを見てプレゼンの相談をしていた。という理由があれば、少しは申し訳が立ちませんか?」

わざわざ、そんなことを見越してこのファイルを持ってきたのだろうか。用意周到だと思いつつも、その考えは非常に助かるものだったので差し出されたファイルを素直に受け取った。

「これで事務の子たちに言い訳が立つので助かります。やりあったばかりで波風は立てなくないですし」
「それは良かったです」
「有難うございます」

お礼を言って会議室の扉に手を掛けた所で、板橋に名前を呼ばれて振り返る。

「1つ、お願いしてもいいですか?」
「お願い、ですか?」
「難しいことじゃありませんよ。今晩、食事に付き合って頂けませんか? 実はコンロの調子が悪くて家で食事が出来ないんですよ」

別に食事くらいどうってことない。でも、また女子社員に見られたら、前橋に知られたらと思うとすぐには返事が出来ない。
それでも助けられた恩もあるから「分かりました」と返事をすれば板橋の笑みが深くなった。

「でも、今日は少し残業しないと終わりそうにないんですけれども、それでも構わないんですか?」
「えぇ、全然構いません。私も今日は残業しないとなりませんから」

それならタイミングさえ合えば、事務の女の子たちに見られることは無いだろう。同じ課の女性陣は基本的に残業をしない人が多いから、残業後に食事であれば恐らく問題は無い筈だ。

「仕事が終わりましたら声を掛けて下さい。私の方は幾らか調整がきくので」
「はい、分かりました」

その言葉を最後に会議室を後にすると、板橋とは廊下を出てすぐに別れた。
この後、板橋は部長たちと会議があるらしい。1人で戻るには女性陣や前橋のことを考えると針のむしろかもしれないけど、これは仕方無い。

……あ、今、ちょっと課長がいれば良かったのにとか思った。

そんな自分を蹴り上げたい気分になった。元々は自分の問題なんだから自分でケリはつけないといけない。他人を楯にすることじゃない。
いつも以上に背筋を伸ばしてファイルを小脇に抱えると5課の扉を開けた。途端に前橋が駆け寄ってくると、手元のファイルに視線を落とした。

「これ、プレゼンの……」
「そう、資料。全く、きちんとこれも持っていきなさい」

そう言って前橋へ差し出せば、一瞬、本当に一瞬だけ睨まれた気がする。でも、次の瞬間にはいつもと変わらない爽やかな笑みを浮かべると「すっかり忘れていました。すいません、新橋さん」と言ってファルを受け取る。
周りが聞き耳を立てているのは分かっているけど、それ以上言わずに椅子に腰掛ければ、前橋が横に立つ。

「何?」
「先はすいませんでした。どうしてもこのプレゼンの内容が納得いかなくて……生意気なこと言ってすいません」

どうやら、前橋もこちらの話しに合わせてくれるつもりらしい。

「別に構わないわ」
「それなら、もう一度、プレゼンの話しを詰めさせて貰えませんか?」

そう来たか。これなら再び会議室へ行ってもおかしく思われない口実だ。けれども、現実問題としてそれは難しかった。

「ごめん、今は無理。13時までにこのメール送らないといけないの。その後は製造部と会議もあるから」
「分かりました。それでしたら、また今度宜しくお願いします」

笑顔でそれだけ言った前橋は自席に座ると、何もなかったような顔でパソコンに向かい始める。余りの呆気なさに驚きはしたものの、ホッとしたのも確かだった。
どうやら社内で公言する気は無い様子に見えるが、何故あの時、板橋の前であんな態度を取ったのか不思議ではあった。確かに嫉妬交じりではあったと思うけど、迂闊にそういう素振りを見せるタイプでは無いと思う。

……まぁ、いいわ。取り合えず、今は仕事しないと。

気持ちを早々に切り替えると、改めて手元にあるファイルを開きながらパソコンの画面へ向かった。

* * *

製造部との会議が終わり、引き続き品質管理部との会議をしている最中に、就業のチャイムの音が耳に届く。

「すいません、遅くまで申し訳ない」

そう言って頭を下げる品質管理部の人間に「お互い様です」と声を掛けて笑みを向ける。実際に議論は白熱して、予定していた時間を既に1時間近く割り込んでいる。

これは、今日の帰りは20時近くになるかもしれない。

そんな状況に疲れを感じながら会議を詰めていき、無事会議が終わった時には18時を回っていた。お互いに挨拶をして別れると5課へ戻れば、珍しく前橋がまだ机にいた。

「新橋さん、この書類見て貰いたくて待っていたんです」

そう言って差し出してきたのは、前回の営業報告書だった。

「これのために待ってたの? これだったら直接課長決済でも構わないって言ったじゃない」
「そうでしたっけ?」

問い掛けるその目が知っていると語っている。どうやらこれは自分を待つための言い訳だったに違いない。それでも前橋の差し出してきた書類をチェックし判子を押していると、前橋が声を潜めた。

「逃がしませんよ」

どこか冷たさを含んだその声に勢いよく顔を上げれば、前橋はニコニコと笑っている。

……に、二面性ありすぎだろ。

そんな言葉を飲み込むと、前橋に書類を渡す。

「これで課長に渡して最終チェックして貰って」
「前橋さんは帰らないんですか?」
「私はまだまだやることがあるの。お疲れさま」

営業担当を持っていない前橋はこれ以上残業する理由は無い筈だ。

「手伝いましょうか?」
「平気よ。第一、割り振りもきちんとしないで手伝って貰うと、自分の目が行き届かないから困るのよ」

言い訳めいていたけれども、それは本当のことだった。実際、前橋に仕事を割り振る際には徹底的に目を通してからしか渡さない。
けれども、前橋は殊更笑みを浮かべると「分かりました」といってあっさりと引いた。

手にしていた書類を課長の未決裁箱に入れると、自分のパソコンの電源を落とす。そして最後に「お疲れ様でした」という声を残して課内を出て行った。
余りにもあっさりとした引き際に空恐ろしいものが無い訳ではないが、本人じゃないんだから何を考えてるのかなんて分かる筈もない。

基本的に仕事中はきちんと仕事を、というのがポリシーだ。仕事中の今、色々なことを考えるのは嫌だったこともありパソコンに映る細かい数値と向き合う。
今日中に言われていた見積書を幾つか用意し、それぞれにファックスを送る。それから確認のメールを送り、電話の応対をしている間に時間は20時を回っていた。

一段落ついたところで課内を見回せば、すでに自分と板橋を含めて4人しか残っていない。そんな中で板橋と視線が合い、穏やかに微笑まれる。
唇だけで「終わりましたか?」と聞かれ小さく頷けば、板橋はのんびりと片付けを始めた。私自身もパソコンの電源を落とすと机に散らばった幾つもの書類をまとめて引き出しにしまう。小物類も全てしまうとパソコンの電源が落ちてること、机の上に何も無いことを確認してから席を立った。

「板橋さんも上がりですか?」

声を掛けて来た板橋を見上げれば、いつもの菩薩顔でそんな板橋に「えぇ」と答える。
けれども、内心驚いていた。まさか声を掛けてくるとは思ってもいなかった。確かに食事を一緒に取る約束はしていたけど、課内にはまだ数人残っている。この残っている数人から女子社員に話しが漏れたらまた頭の痛い話しになる。

「そうですか。セキエーの件なんですが」

続く言葉に慌てて引き出しを開けようとすればそれは笑みと共に止められた。

「私も帰るので下につくまでの間に少し話しを聞かせて下さい」
「はい、分かりました」

そのまま2人で課内の人間に声を掛けると「お疲れ様です」という声が返ってきた。その声を背にしながら板橋と2人でエレベーターまで歩く。

「すいません、セキエーの件って何ですか?」
「あれは口から出任せです」

そう言って笑う板橋は悪戯めいた顔をしている。そんな板橋を見て、少し不思議な気分になった。いつでも穏やか、菩薩顔の板橋でも、こうしてさらりと嘘をつけるという事実に驚いた。
いや、営業やってれば普段の顔で出任せの1つや2つ言うこともあるが、真面目一辺倒の板橋の口から出ると不思議に思える。

まぁ、営業としては言えて当たり前だ。じゃなければ、幾らコネありだとしても板橋だって課長なんてやっていられる訳が無い。
実際、2年前に大ポカをやらかして板橋に助けられたことだってあるから、営業マンとしての実力は十分に理解している。だからこそ、コネ云々に気付けなかったというのもある。

「どうかしましたか?」
「いえ……何だか出任せって課長に似合わないというか、以外というか」
「そうですか? これでも結構嘘つきですよ。友人にはいい性格してるとも言われますし」

この場合のいい性格というのが決して良い性格ではないことは自分にも分かる。けれども、友人に言われるほどいい性格=えげつない性格をしているのだろうか。
隣りを歩く板橋を横目で見たけど、いつもの菩薩顔からは何も読み取れない。でも、読み取れないというのが最強の防御なのかもしれない。

「どうかしましたか?」
「課長のそれはポーカーフェイスなんですか?」
「まぁ、営業にはある程度必要でしょう」
「確かにそうですけど、社内でも必要なんですか?」

質問に一瞬顔を向けた板橋は、到着したエレベーターにすぐに乗り込む。一瞬見せたその笑みは、笑い顔だったけど少し困っているようにも見えた。
2人でエレベーターに乗り込めば扉が閉まる。

「正直、私の立場から言って社内でこそ必要なんですよ」
「……課長だから、ですか?」
「まぁ、それもあります。それ以外にも色々と」

それこそ社長の息子だから必要なんだろうか。確かに自分も笑顔のポーカーフェイスをすることがある。けれども、それは営業先での話しであって社内でそれを振舞うことは数多くない。

「大変ですね。でも、私と一緒に食事となると気が休まらないんじゃないですか?」
「いいえ、慣れました。たまにどちらが自分か分からなくなる時がありますよ。そういう新橋さんも疲れそうですよ」

聞き返すよりも先にエレベーターの扉が開き板橋が出て行ってしまう。自分の何を見て疲れそうだと思われたのか。それは今日一連の出来事についてだったのか、それとも他に何かあるのか。自分にはそれを思いつくことが出来なかった。
ビルを出たところで板橋の足が止まり、自然と後ろを歩く自分の足も止まる。

「課長?」
「芹香さん!」

自分の声に被さるようなその声に視線を向ければ、前橋が笑顔でこちらに走ってくる。

「社内で名前呼ばない」
「もう誰もいませんよ。それより、もう怒ってません?」

私よりも背が高いにも関わらず、上目遣いで伺いを立てる板橋に大きく溜息をつく。

「怒ってるに決まってるでしょ! 課長、行きましょう」
「行きましょうって、課長とどこに行くんですか?」
「どこでもいいでしょ。前橋君には関係無い」
「芹香さん!」

歩き出そうとした所で腕を掴まれ強引に立ち止まらせる。睨みつけたところで、2人の間に穏やかな声が挟まれた。

「折角ですから3人で行きましょうか、食事」

内心「えーっっ」という気分ではあったが、前橋は自分よりも更に驚いた顔をしている。

「勿論、ご馳走しますよ」

板橋のその言葉に前橋は困惑しているようにも見える。確かに2人というのも問題ありそうだし、3人であれば誰かに見られてもより言い訳が立ちそうな気がしないでもない。

「行きましょう」

穏やかだけど有無を言わせない強さで板橋はそれだけ言うと、駐車場へ歩き出してしまう。そして私と板橋も駐車場へと足を向けた。
板橋の誘いに毒気を抜かれたのか、掴んでいた前橋の手は、既に私の腕から離れている。

「新橋さん、今日はフレンチとイタリアン、どちらが好みですか?」
「じゃあ、イタリアンで」
「分かりました。前橋君、申し訳ない。今回は新橋さんと先に約束していたから、彼女の好み優先で構わないかい?」
「それは全然構わないですけど」

ですけどに続く言葉を前橋が飲み込んだのは私にも分かった。続く言葉は何だったのか分からなかったが、板橋は聞き返すことはしない。
駐車場で先日送って貰った車の扉を開けられて後部座席を勧められる。一緒に乗り込もうとした前橋を板橋の手が止めた。

「何ですか? 今更ダメ出しですか?」
「違いますよ。君は前。また後ろで新橋さんにちょっかい掛けられても困りますから」

……板橋さん、もの凄く助かります。

口には出さずに感謝していれば、前橋は少し考えた様子だったけどぐるりと車を回り助手席へと乗り込んだ。板橋は運転席に座り、助手席の前橋がシートベルトを締めるのを確認してから車を発車させた。
なめらかな運転や、穏やかなブレーキはそれだけ運転に慣れている証拠かもしれない。少なくとも、自分には出来ない芸当だ。
最初に前橋を助手席に乗せて営業に回った時も、前橋が顔を引き攣らせていたのはまだ記憶に新しい。

「課長、どうして僕まで誘ったんですか?」
「気紛れ、ですかね。正直、あそこで揉めると私も立場的に見て見ぬ振りとはいきませんし」

前の席で2人の会話が交わされている。それに口を出すことなくぼんやりと外を眺めながら2人の声だけを聞く。

「課長、僕はあなたの考えてることが分かりません」
「分かられたら困りますよ。そこまで私は単純な性格でもありませんよ」
「そうみたいですね」

何だか言葉だけ聞いていると意気投合しているように聞こえるけど、実際の声で聞くと微妙に刺々しいもので車内の温度が下がっていくように感じる。

「君も中々の猫被りぶりですよ」
「課長に誉めて頂き光栄ですよ」

車内が冷え冷えとしているのは自分の気のせいだろうか。果たしてこのメンバーで美味しく食事が出来るのか、不安に思いながらも流れる景色を眺めながら小さく溜息をついた。
車で10分ほど走ると板橋は車を駐車場へ入れる。車を降りれば街中だというのに木々が生い茂り、その中央には煉瓦造りの洒落た店があった。大きな窓が幾つもつけられた店からはオレンジの灯りが零れて一層幻想的に見える。

「いつ食事の約束なんてしたんですか?」
「君に答える義務は私にはありませんが」

珍しく前橋が歯噛みするような顔で板橋を睨みつけている。
基本的に前橋は悔しいという顔を見せることは無い。当たり前といえば当たり前かもしれないが、前橋と一緒に仕事をするようになってから1つとして彼が失敗するところは見たことが無い。部下らしく甘えを見せることはあっても、仕事に手を抜くことは無いし、随分と余裕があるようにも見えた。
だから、そんな表情を見る機会なんて一度だってない。やはり相手が板橋となると年の功というか、経験で説き伏せられているという気がしないでもない。

菩薩様は何でもお見通し、ということなんだろうか。

相変わらず表情を崩すことない板橋の横顔を見ていると、その顔がこちらを向いた。慌てて視線を逸らすと店の入り口に立つ。扉に手を伸ばそうとした所で板橋の手がそれよりも早く扉を開けた。

「どうぞ」
「有難うございます」

こういう所、やっぱり紳士だなぁ。一人納得しながらも店に入れば、入り口に立つ黒服の男の人が板橋の顔を見た途端に恭しく頭を下げた。

「板橋様、お待ちしておりました」
「急で申し訳ないのですが、もう一名追加してもらえませんか」
「畏まりました。少々お待ち頂けますでしょうか」
「あぁ、構わないですよ」

板橋の答えに男の人はもう一度頭を下げてからそれぞれの手荷物を預かると「こちらへ」と言ってすぐ隣りにあるロビーのような開けた場所へと案内される。

一つのテーブルの前で男の人が私の椅子を引き、そこに座る。でも、こんな店に入ったことは無いから少し緊張する。お礼を言って椅子に座ると、他の黒服たちも板橋や前橋の椅子を引いている。何だか酷く落ち着かない気分にさせられる。3人の間に会話も無いことも、落ち着かなさに拍車を掛けた。
一度立ち去った黒服が再びやってきて目の前に置いたのはコーヒーだ。テーブルに置かれただけでもコーヒーの香りがふわりと漂い、少しだけ気持ちが楽になる。口をつければ口の中に程よい苦味と酸味が広がり「美味しい」と自然と言葉が零れた。

「芹香さん」と名前を呼ばれて前橋へと視線を向ければ、笑ってるけど目が笑ってない。

「課長の前でそういう顔しないで下さい」
「何よ。私がどういう顔しようと勝手じゃない」
「ダメです。イヤです」
「イヤですって……あのねぇ」

溜息交じりに言えば、小さな笑い声をあげる主へと視線を向ければ「失礼」と板橋は笑いを引っ込めた。

「いや、まるで前橋君が子供みたいだったので、つい」
「課長、あのですね」
「あぁ、食事の用意が出来たようですよ」

前橋の言葉は板橋に遮られてそれ以上紡ぐことは出来ない。コーヒーはまだ飲み終えていなかったけど、黒服に案内されて奥へと進む。廊下のようになっているけど、大きな窓があり閉塞感はまったくない。窓から見える外の風景は、ちょっとしたイングリッシュガーデンになっていて、それがライトアップされて緑が目に優しい。緑で作られたアーチに、色とりどりの薔薇の花も見える。

廊下の一番奥には3つの扉があり、その内の一つへと促されて足を踏み入れると、そこは個室になっていた。大きな白いテーブルが真ん中に一つ。壁際には薔薇の花が生けられていてシックなワインレッドの壁と黒い床で高級感を漂わせている。

「どうぞこちらへ」

椅子を引かれて腰掛けると、黒服たちは全員出て行ってしまった。

「何か、凄い場所ですね」

感嘆の溜息交じりにそれだけ言いながら辺りを見回す。余り見回すのもどうかと思えたけれども、滅多に見られるものでもないから好奇心から視線は動く。天井から下げられたシャンデリアもキラキラと光を反射していて、それが丁重に手入れされているものだと分かる。

「課長、こんな場所に芹香さん誘ってどうするつもりだったんですか?」
「どうする? 君では無いんですから、どうするも、こうするもありませんよ」

穏やかに笑う板橋の顔はやはり菩薩様だ。ただ、受け流しているだけにも見えるけど、流されてる前橋としては面白くないらしい。

「だから僕も誘ったんですか?」

それに対して板橋は答えず、ゆっくりと眼鏡を外した。
眼鏡なんてただのプラスチックかガラス。それなのに、隔てるそれが無くなっただけで板橋の視線が強くなった気がする。そしてその目は前橋へと向けられた。

「私は基本的に仕事以外では筋を通すタイプなんですよ」

前橋が完全に板橋の視線に飲まれているのが分かる。確かにそうだ。だって、私だって会社の菩薩顔しか知らなかったから、前橋だって面食らってるに違いない。今話す板橋は確かに笑みを浮かべてる。けど、あの顔を見て菩薩を言う人はいないに違いない。

薄く笑う顔に冷ややかな強い視線――――。

不味い。
これ以上、見ていると自分が不味い。

そんな思いで白いテーブルクロスに目を落とした。

「……意味が分かりません」
「どうやら本気らしいので、こちらも目の前で宣言だけはしておこうかと思いまして」
「やっぱり、そうだと思ったんですよ」

前橋には分かったらしいけど、私には意味不明だ。一体、何に本気なのか、何がわかったのか、気にはなるから耳はダンボのようにして聞いているけど、視線は壁際の薔薇へと移す。

「新橋さん」

板橋に唐突に名前を呼ばれてビクッと身体が震えた。自分は完全に蚊帳の外だとばかり思っていたから名前を呼ばれたことに驚いた。

「はい」

顔を上げれば、板橋がこの間車で見せた強い真っ直ぐな視線を自分に向ける。
あぁ、やっぱり好みかもしれない……悔しいことに。

「私と付き合って頂けませんか?」
「………………はい?」

長い沈黙の後に口から出てきたのは、そんな間抜けな一言だけだった。けれども、目の前で板橋は何が楽しいのか口の端を上げた。

「癒されますね、その反応」
「はぁ」

なんとも間抜けな返事を引き続きすれば、視界の端には前橋が苦々しげな顔をしている。

「恋人になりませんか、と言ってるんですが」
「えっと……誰と?」
「新橋さんと」
「誰が?」
「私と」

――――空耳か?
ついに空耳まで聞こえるようになったのか?

確かに気にはなるけど、空耳が聞こえるくらいに重傷だったのか?
一人自答自問していれば、小さく笑う声に顔を上げれば板橋がこちらを見ている。

「あの……」
「本当に会社とプライベート、全然違いますね。まぁ、どちらも可愛いですけれども」

可愛い?
誰が?
ダメだ、混乱しすぎて会話についていけない。

「冗談、ですよね?」
「本気ですよ」
「無いです。無理です」

気付いたら即答していた。

だって、どう考えても無理。今は誰とも付き合う気が無い。違う、自分には恋愛というステージで戦い抜くだけの気力が無い。
特に板橋や前橋を相手にすれば、どれだけ厳しいことになるのか、そんなことは考えなくても分かる。

「嫌いですか?」
「いえ、そんなことは無いです」

答えたところで部屋の扉がノックされ、黒服の人がキッチンワゴンを持って現れたことで会話は一時中断する。けれども、心臓はありえないくらい早鐘を打っていて、真っ赤になった顔はとても上げられない。
色々説明してくれる声は耳に届くけど、右から左へとただその声は流れていく。

目の前に置かれた皿にはコロッケらしきものと、エスカルゴ、そして色鮮やかな野菜が添えられている。美味しそうな筈なのに、指は全く動かない。
黒服の男が出て行き、再び部屋に静寂が戻る。
いや、もうこのまま帰りたい気分だ。

「私では恋人には不満ですか?」

落ち着いた、耳に響く低音にビクッと身体が震える。
この声は心臓に悪い。

「……いえ」

多分、誰もが恋人にするのであれば、満足行くだけの容姿やお金はあると思う。
けど、今の私には無理。

「振られましたね」

どこか勝気の前橋の声で板橋の口元の笑みが更に深くなった。

「別に嫌われてる訳ではありませんから、まだこれからですよ」
「やっぱり芹香さんは僕と」
「いや、そっちも無理」
「嫌いですか? 僕のこと」
「嫌いではない」
「じゃあ」

分かってない――。
分かってないよ、この2人――。
自分の人気も、私の立場も、何よりも私の恋愛気力を――。

「とにかく2人だけはどうしても無理です」
「芹香さん、それじゃあ納得出来ません。なら、どういう人なら付き合ってもいいんですか」
「……格好よくない人」

俯いたままそれだけ答えれば、困惑する空気が伝わってくる。
けれども、一つの溜息が空気を震わせた。

「……分かりました、新橋さんの言いたいことが」
「僕には分かりません」
「君も少し行動を慎むべき、という話しですよ」

板橋の言葉に、あぁ、本当に分かってくれたんだとホッとした気持ちになる。

「私や君の行動で新橋さんに迷惑を掛けてるんですよ」

そこまで言われて前橋も気付いたらしく小さく「あっ」と口にして黙り込んでしまう。微妙な沈黙の中、再び口を開いたのは板橋だった。

「分かりました」

その言葉に思わず顔を上げて板橋を見れば、板橋の顔には笑みが浮んでいる。菩薩顔とは違うその笑みにドキリとしたけど、心の奥底に感情を沈める。納得してくれたのであれば、それで嬉しいし、正直、助かる。

「それなら――――」

諦めます。
その言葉を期待している。
祈るような気持ちで――――。

「――――一緒に住みましょう」

何とも現実離れした言葉に、間抜けな声すら出ないまま呆然と妖艶に笑う板橋を見つめることしか出来なかった。

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