JOAT Chapter.IV:どうしても欲しいもの Act.04

————子どもが泣いている。
少し離れた場所で泣く子どもに近づけば、うずくまっていた子どもが顔を上げる。涙に濡れたその顔は遠い記憶にあるものと変わらないものだ。
「もう、かえりたい……」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらうったえる子どもの傍に屈み込む。
「おにいちゃんがおいていくから、かえれなくなったの」
別に置いていった訳じゃない。ただ、勝手についてきたことが少しだけ煩わしかった。だから足を早めた。
でも、本気で置いていくつもりはなくて————。
「おにいちゃんのせいだ」
心ない大人たちがそう話すのを何度も聞いた。親ですらそう言っていたことを知っている。
でも、目を離したのは一分にも満たない短い時間だった。振り返った時、その姿はもういなくなっていた。
それは果たして本当に自分の咎だったのだろうか。もう何度考えたかわからないことが頭を過ぎる。
「だから、あたしはころされた」
子どもの、妹である繭子の首から大量の血が流れ出す。それを見た途端————。
勢いよくベッドから起き上がるが、目の前がフラッシュして気持ちが悪い。その気持ち悪さに口元を抑えつつ、詰めていた息を吐き出す。
もうあれから二十年以上経つのに、その記憶が薄れることはない。六歳の時の記憶は生々しく残る。
六歳の時に忽然と消えた妹の繭子はいまだ見つかっていない。当時、身代金目当ての誘拐だと思われていたが、犯人からの要求は何一つなかった。
何も見つからないまま、繭子の安否も分からないまま二十年以上が経つ。
果たして犯人が何を考えていたのかはわからない。だが、このまま囚われ続ける人生を送るつもりはない。
幾つもの資料をひっくり返し、手に入れられる情報はトオルの手を借りて幾つも手に入れた。
それでも、犯人に繋がるものは何もない。
夢のように繭子が殺されたという情報すらない。
家族内で繭子の話が出ることもなければ、既に存在すら消してしまっている雰囲気すらある。それは決して気遣いからではなく、世間体のためだと知っている。
それでもただ一人繭子を探すのは、繭子の安否を気遣っている訳ではない。知らずに自身を追い詰める罪悪感のためだけだ。
「……忌々しい」
掠れた声で呟くと、ベッドサイドに置いてあるミネラルウォーターを流し込んで乾いた喉を潤す。ペットボトルから口を離した途端、自然とため息が零れた。
* * *
「……悪かった」
珍しく落ち込んでいるらしい円城寺に俺は片眉を上げた。顔色が余りよくないところを見ると寝付きも悪かったのかも知れない。
「まぁ、素直に謝られておくよ。でも責めるつもりもないからな。さすがにあれは予想してなかったし」
あれは今思い出してもちょっとした恐怖だ。まるでヤマンバか夜叉、もしくはアレだ、五百円切手に描かれているあいつだ。シャレにならない。というか、実際シャレにはならかなかった。
思わず視線を落とせば、左手は包帯で巻かれている。
そもそも手嶋がコウに惚れているのは、俺の目から見ても明らかだった。俺なんてまるで見えていませんみたいな反応されたのも一度や二度じゃない。
「もてる男は辛いな。つか、あんなに変質的だとは思ってもいなかったよ」
「ああいうタイプは一番厄介なんだ。だが、あそこまで暴走するとは思ってなかった。本当に悪かった」
心底謝罪するコウに追い打ちを掛けるつもりはない。恐らく、俺自身よりもずっとコウの方が驚いた筈だ。
「別にいいよ。神経切れたとかじゃないしさ。むしろお前の恋人扱いの方が鳥肌立ったわ!」
「ああでも言わないと諦めないだろ。それが甘かったんだがな。しばらく事務所の奥の部屋を使え」
「おう、そうさせて貰うと助かるわ」
事務所こそ都心にあるが、俺の家は事務所から車で一時間程かかる。そして、俺の自宅近辺ではデリバリーなども余りなく、片手が使えない状態では家事もままならない。
そういう意味ではこの事務所の奥で過ごせるのは本気で助かる。
「それにしても、俺、本気で不幸じゃねぇ? だって、容疑を晴らすために監視カメラの一調べて警察に伝えて、その挙げ句逆恨みでフォークで刺されるとか」
別に当て擦るつもりはない。軽口にしてとっとと流してしまうつもりであえて口にしたことはコウにも伝わったらしい。コウも俺の軽口にすぐさま乗ってきた。
「ああいうタイプは、恩を感じるタイプじゃない。やってくれて当たり前だからな」
「あーあ、見た目は可愛いかったのになぁ」
手嶋は見た目が本当に可愛かった。年下だったこともあって、ちょっと睨まれても子猫が逆毛立ててるくらいの印象しかなかった。
だが、きちんと中身は女だった、ってことだ。
「ああいうのは見た目しか取り柄がない、って言うんだ。むしろ刺された男よりも、あの女の方がストーカーだったくらいだ。見ろこれ」
そう言ってコウが差し出してきたのは小袋に入ったピアスだ。だが、掌でそれを転がしながらじっくり見て眉根を寄せた。
「おい、これ……」
「盗聴器だ。反応したから調べたら出てきた。指紋もべったり残ってた。恐らくこれを残したのもあの女だ」
「うわぁー、ヤバ、鳥肌立ってきた」
思わず腕をさすれば、掌から円城寺が盗聴器を取り上げた。
「で、これはどうするつもり?」
「勿論、警察に提出するつもりだ。勿論、きちんと払うものは払って貰うつもりだしな」
「まぁ、売上の関係もあるだろうからそっちは任せるよ。俺は医療費さえ取れたらそれでいいし」
「慰謝料も取ってやる」
「余り期待しないでおくよ。あれは精神的にヤバい部類だろ」
手嶋とコウは会って二日だ。その短い期間に熱を上げて人を刺すとか俺には考えられない。むしろ人間離れしているとしか思えない。
「あー、それにしてもマジで寒い! キモい! どう考えたら俺とコウが恋人とか思えるんだよ。マジでありえねぇ」
「知らないからこそ暴走したんだろ。気持ち悪いのはお互い様だ」
「まぁな。あー、でも、これ取れるまでは仕事お預けで暇だなぁ」
「化膿したらそれこそ面倒なことになるから少しの間大人しくしてろ」
「だったら、色々パーツでも買いに行くかなぁ。そろそろ部品が足りなくなってきてるし」
色々機械物を作るのは俺の趣味だ。大抵はガラクタと言われる物が多いが、物によってはコウがJOATとして買い取ることもある。
「それくらいは好きにしろ」
「そうしまーす」
ふざけてそれだけ言うと、俺は早速とばかりに事務所の奥にある部屋の扉を開けた。コウは元々自宅が別にあるので、あくまでこの部屋は仮眠場所として利用している。
だからシンプルな部屋だが、寝る場所とPCさえあれば俺としては別に困らない。頼めばデリバリーも来るし、近くにはランドリーもある。
引き抜かれる際に傷口を抉られた関係で裂けてしまい、十日後に抜糸することになっている。それまでは本当に何もできない状態だ。
だがむしろ長期休暇ができたくらいの気分でベッドに転がった。
その日の夜には円城寺に鍵を渡して自宅から着替えを一式持って来て貰い、問題なく事務所の奥で過ごしていた。
十日経ち、ようやく病院での抜糸を終えて浮かれた気分で事務所に向かう。コウは一人でどうにか依頼をこなしている状態だが、やはり随分ときつそうだった。
部屋に籠もるのも嫌いじゃないが、近くで働くコウを見ているとやっぱり自分も依頼をこなしたいと思う。
それに俺自身、人と接することが嫌いじゃない。
駅のホームで電車を待ちながらどの依頼が受けられるか精査していれば、それは唐突に起きた。
ホームに電車が入ってくるアナウンスが流れる。それを聞きながらスマホを操作していれば、不意に背中を押された。
何かを考えるよりもさきにホームに落ちた俺は、迫る電車と警笛の音に思考が真っ白になった。
「大丈夫ですか?」
頬を軽くはたかれてようやく我に返った時、俺は電車のすぐ脇、線路に敷かれた石の上にへたりこんでいた。
「あ、あぁ、大丈夫です」
「怪我は」
「特に……」
まだ呆然とした気持ちのまま問い掛けに答えると、身体を支えられて立ち上がる。正直、恐怖で腰が抜けて動けなかった。
何が起きたのか理解がおいつかないまま、それでも頭の中を整理する。
————ホームに立っていて後ろから突き飛ばされた。
それを理解した途端思い出したのは、数日前に依頼を受けた手嶋の姿だった。だが、手嶋は逮捕されてふらふらできる立場にない。
だとしたら、何故ホームから突き落とされたのか……。
足下からじわりと何かが這い上がってくる感覚に、俺は背筋を震わせた。

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