足下に眠る男が1人――――。
酔いつぶれた顔は真っ赤で、すやすやと聞こえる寝息に違わず気持ち良さそうな寝顔が目に映る。
そんな彼を見下ろして小さく溜息をつくと、手にしていたミネラルウォーターのボトルを大きくあおった。いつもの習慣で飲み終えたミネラルウォーターをゴミ箱に入れると乾いた音が辺りに響く。
その音で起きて帰ってくれないかと願ってみたけど、彼が起きる様子はなく玄関で再び溜息をついた。
どうしてこんなことになったのか。
自分の生き方を恨めしく思ったところで、人生が巻き戻る訳もない。もう何度目になるか分からない溜息をつくと、眠る彼を跨いで奥にある寝室から毛布を取り出し腕に掛けた。
彼1人、頑張れば確かに担げる。けれども、これ以上の接触は心底勘弁して欲しい。ここへ来るまでに私の寿命は間違いなく10年は縮んだに違いない。
手にした毛布を掛けようと彼の横に屈み込んだところで、彼の手が伸びてきて自分の手を掴む。
思わず強張る身体と引きつる頬。
そんな中、ゆっくりと瞼を開けた前橋はへにゃりといつもと変わらぬ気の抜けた笑みを浮かべると、再びその瞼を閉じた。でも、そのほにゃららーんとした笑みに更に頬が引きつるのは先程の唇の感触が生々すぎたせいかもしれない。
すべては酒が悪い。
間違いなく酒が悪い。
世の中から酒なんてものは消滅してしまえばいい。
そう思ってしまうのは、24年間も大切にしていた訳じゃないファーストキスを酔っぱらいなんぞに奪われたからに他ならない。そう、別に大切にしていた訳じゃない。それでも、他人に勝手に、しかも酔っぱらいに奪われたとなると話しは別だ。
元々ファーストキスに夢やロマンなんてものは求めていなかったけど、柔らかくて温かなあの感触は想像していたものと違って生々しかった。そう、だから、次に部下である彼が目覚めた時、自分はこうして彼を見ることができるのか。
見下ろした彼の顔は穏やかなもので、再び溜息を零した。