今日は色々と憂鬱だった。
テストの点は悪かったし、物は無くすし、極めつけはこの雨。
ビルの軒下を借りて雨宿りしているけど、シャワーのような雨は止みそうにない。
濡れ鼠状態で段々寒くなってきた。
「傘、必要?」
誰もいなかった筈なのに、振り返ればスーツ姿の男の人が苦笑しながら立っている。
ビルから出てきたその人は濡れている筈もなく、何となく理不尽さを感じてしまうのは自分の機嫌が悪いからだ。
「傘よりも温かい紅茶が飲みたい」
「まぁ、それだけ濡れてればな」
そう言って差し出されたのは小さいペットボトルの紅茶。
「お金払います」
「別にこれくらい。第一、下心込みだから」
――――はぁ!?
思わずその人を見上げれば、ただニコニコ笑うばかりだ。
「だったら余計貰えません」
突っぱねれば再び苦笑された。
「冗談だって言ったら貰ってくれる?」
「貰えません」
そしたらその人は少し考え込むような顔をして頭をガシガシと掻いている。
「困ったなぁ」
そのまま男の人に背を向ければ、頬に熱が触れた。
「なっ!」
慌てて振り返れば、強引に紅茶を持たされた。
手の中にある熱が熱いを通り越して痛い。
返そうとする前に目の前が暗くなり、何が起きたのかさっぱり分からない。
「ちょっと!」
慌てて視界を塞ぐものを掴んでよけた時には、もう目の前に誰もいなかった。
そして足元には折り畳み傘。
あっという間の出来事に呆然としながらも、顔に掛けられたタオルを見れば白い社名の入ったタオルだった。
……お礼くらいさせてくれたっていいじゃん。
しかもあんなに胡散臭かったのに、格好良いとか思ったあたしはどうすればいい。
ペットボトルの口を開けて一口飲むと、身体中に温かさがジーンと広がる。
濡れ鼠でビルに入る度胸は無く、誰もいないロビーに向かってペコリと頭を下げると、軽くタオルで服を拭ってから傘をさして家へと歩き出す。
傘には大沢と名前が彫られていた。
翌日、学校を終えてリベンジの如くビルの前に立つ。
手には紙袋が一つ。
勿論、その中には借りてた傘と、洗ったタオルと、缶コーヒーが一つ、そしてお礼の手紙を一通。
期待が無いと言えば嘘になる。
だって、格好良かったしさ。
深呼吸してビルのガラス扉を開けた。
昨日はいなかったのに、今日は受付に人がいた。
「どうされましたか?」
「あ、あのサカキ商事の大沢さんという方にこれを渡して欲しいんですが」
「分かりました」
あっさりと受付の女の人は紙袋を受け取り、それで終了。
はっきり言って拍子抜け。
……ちぇっ、会えたらいいなって思ったのに。
小さく溜息をついてビルを出れば、昨日とは打って変わって青空が広がっている。
まぁ、こんな一瞬の出会いに期待したあたしがバカか。
ひとりごちながら歩いていると「おーい」と背後から呼ばれて振り返れば昨日の人が走ってきた。
「わざわざ有難うな」
「こちらこそ有難うございました」
ペコリと頭を下げれば、大沢さんは少し考える素振りを見せる。
「あのさ、下心ありって言ったの覚えてる?」
問い掛けに頷いて見せれば大沢さんがニッコリ笑う。
「君の名前、教えてくれる?」
ドキッて胸が高鳴った。