ディーバは囁かない Act.01:変化する日常

「藤園」
名前を呼ばれて振り返るよりも先に肩を叩かれた。
「二ノ宮、昨日のお勧めどうだった?」
「あれは当たりだな」
「でしょー」
「あぁ、そういえば新しいマイク来たんだけど今日うちに来るか?」
「絶対に行く!」
笑顔で答えれば二ノ宮は呆れた顔をしつつため息をついた。
「まぁ、今一番楽しいんだろうしな」
「うん、もの凄く楽しい!」
とにかく今が楽しいのは二ノ宮のお陰でもある。
軽音部で活動していた私がインターネット動画サイト・神動画に作った曲をアップするようになっったのは二ノ宮が手取り足取り教えてくれたからだ。
インターネット上だから年齢なんて関係なくて、良いものは良い、悪いものは悪いと評価して貰えるのが楽しい。
そして本当に時々だけどランキングトップ100とかに入ると楽しくて仕方ない。ランキングなんかに乗った日には一日中スキップしていたい気分だ。
時々同じように曲を作っている人たちと交流して、色々な話しを聞けるのも楽しい。時々プロっぽい人もいるけど、そういう人から聞く話しは本当に凄く為になることが多い。
知らない世界を開いたばかりだから、本当に毎日が楽しくて仕方ない。

神動画を知ったのは二ノ宮が聞いていた曲が漏れ聞こえてきた時に声を掛けたのがきっかけだ。
「ねぇ、それ誰の曲?」
正直、ちょっとおたくくさい二ノ宮とは同じクラスになっても話したことはなかった。でも、漏れ聞こえてきた曲がどうしても気になって声を掛けた。
そして放課後の教室で私たち以外誰もいなかったことも大きい。
「インターネットに上がってる曲」
「あのさ、ぶしつけで悪いとは思うんだけど、どうしても気になるからその曲聞かせて貰えないかな」
話したこともない相手に頼み事をするのは腰が引けた。でも、どうしてもその曲が気になった。
でもそんな私の言葉に二ノ宮は文句を言う訳でもなく、鞄の中から小さい簡易スピーカーを取り出すと携帯プレイヤーを繋いで再生してくれる。
しばらく大人しく曲を聴いていたけど、聴いているだけでも楽しくなってくる。その曲にはそんなパワーがあった。
「あのさ、これ誰の曲? できたら買いたいから教えて」
「……神動画って知ってる?」
「オーチューブなら知ってるけど」
「いや別物。そこで無料でアップされてる。一般には市販されてない」
「無料? こんな凄い曲無料でアップされてるの?」
「作ってるのが素人だしな」
「本当に!?」
思わず前のめりに問い掛けた私に二ノ宮は引き気味ながらも一つ頷いた。
「因みにこっちの曲は俺たちと同じ年の奴が作ってる」
そういって再生された曲はさきと雰囲気が違ったし好みではない。でも、単純に凄いと思えるものだった。
「同じ年でこんなの作れるの?」
「作曲できて機材があれば」
「うわー、いいな。そういうの楽しそう。しかも一人で作れるってことでしょ?」
「あぁ」
結局、その日二ノ宮とはお礼以外の言葉を交わすことなく家に帰った。家に帰って二ノ宮が言っていた神動画でとにかく動画を漁った。二ノ宮が聴いていた曲もあったし、それ以上に好みの曲もあった。
それが無料で提供されていることに感動しつつ、どんどん神動画にアップされている曲が私の携帯プレーヤーは浸食されていった。
その頃やっていたバンドでギターが抜けてしまって手持ちぶさただったことも大きかったのかもしれない。時間が有り余っていたから、家に帰れば神動画に釘付けになった。
でも二週間も経つと、今度は違う方向に興味が湧いてきた。
——自分が作った曲をアップしてみたい。
元々バンドで自作曲を作ったりしていたからこそ出来た欲だった。ただ問題は曲を作ったところでどうやってパソコンに音楽を入れるのか、どうやって動画を作るのか、どうやって動画をアップするのかわからなかった。
そこで放課後一人でいることの多い二ノ宮に再び接近した。誰も居ない教室でイヤホンをする二ノ宮に声を掛けた。
「あのさ」
振り返った二ノ宮は怪訝な顔をしていたけど、構わず言葉を続けた。
「神動画ってどうやったら動画アップできるの? それ以前にどうやったら動画作れるの? 機材って何が必要なのかな?」
複数の質問に二ノ宮はつけていたイヤホンを外すと改めて私を見上げた。
「何で?」
「バンドやってるんだけど、自作曲をアップしてみたくなった」
「それはバンドでやってる曲?」
「そう」
「ならやめた方がいい。身バレする可能性が高い」
「身バレ?」
そこで二ノ宮に説明されたのはインターネットの匿名性と、リアルとの違いだ。二ノ宮はインターネットについて思っていた以上に詳しくて、時々わからない説明もあった。
でも、大まかながら言いたいことはわかる。
「とにかく、できるだけリアルなことは言わない方がいいってこと?」
「そういうことだ」
「じゃあ、別の曲作ってアップしてみたい」
そう言った私に二ノ宮はさも意外そうな顔をした。
「そんなにすぐ曲が作れるのか?」
「一ヶ月くらいかかると思うけど普通に作るよ。基本的にうちのバンド全部オリジナルだし」
「ふーん……」
そのまま言葉をなくした二ノ宮は少し考え込む様子を見せ、それから改めて顔を上げた。
「フルスコア書ける?」
「それは勿論」
「今から言うことを藤園が黙っていてくれるなら、方法を教えてもいい」
「マジで? あ、でもお金とかない」
「そういうのじゃない。お前、口固い?」
「そりゃあ内緒と言われたら話さないくらいには」
「……フルスコア作ったら持ってこいよ。俺が打ち込みしてやる」
「え? 二ノ宮そんなことできるの?」
思わず食いついた私に二ノ宮は微妙に嫌そうな顔をした。
「他の奴には言うなよ」
「そりゃあ言わないけど……ってことは二ノ宮って機材持ってるんだよね?」
「あぁ、家にある」
「あのさ、見に行ってもいい?」
途端に二ノ宮がギョッとした顔をする。その反応で自分が随分ぶしつけなことを言ったことを自覚する。でも、見てみたいと思った。
「だってレコスタとかとは全然違うんでしょ? もし今後自分で興味持った時、どういう物が必要になるか知りたいし! ごめん、無理言ってるのはわかるけど、できたらお願い!」
そう行って顔の前で手を合わせて二ノ宮を拝めば、しばらく沈黙を保っていた二ノ宮は大きくため息をついた。
「フルスコア……きちんと書けたら打ち込むところ見せてもいい」
「わかった! 絶対作ってくる!」
その日から浮かれた私はひたすら五線紙との戦いだった。でも、普段よりもずっと楽しかったし、バンドで鍵盤やっている時よりも面白かった。
楽しかったこともあり、フルスコアは結局三週間ほどで完成した。けれども二ノ宮と擦れ違いもあり、中々スコアを渡すこともできずモヤモヤとした日々を過ごす。
結局、スコアができてから三日と経たずに、私は我慢できず休み時間に二ノ宮へ声をかけた。
「二ノ宮!」
その時、私の友達も声を掛けられた二ノ宮自身もギョッとした顔をしていた。それはそうかもしれない。今まで私と二ノ宮の繋がりなんてどうやったって見えない。
「あのさ」
「悪い」
それだけ言うと二ノ宮は席を立ちそのまま教室を出て行ってしまう。残された私はただ呆然と二ノ宮の背中を見送ってしまったが、その後が凄かった。
「ちょっと桜花、あの二ノ宮とどういう繋がりよ」
「え、別に繋がりとかそういうのはないけど」
「何で桜花があの根暗な二ノ宮と会話する内容があるのよ」
「え、この間二ノ宮が聴いてた曲が気に入ったからお勧めが知りたくって」
そう言った瞬間、周りにいた友人が数人引いたのがわかった。まぁ、少し前の私だって同じような反応をしたに違いない。だからその反応はわかる気がする。
実際、あの曲がなければ二ノ宮とは一年会話しないままクラス替えになったと思う。
「桜花、せめてあいつだけはやめておきなよー」
ゲラゲラ笑う友人たちに文句も言えず、流されるように笑うしかなかった。
実際にタイプが違うことは知っている。知っているけど、こうやって自分も他人を判断していたんだなと反省もした。だからといって友人からハブられる勇気もないから笑うしかない。
情けないと思いつつも、人目があるところで二ノ宮に声を掛ける勇気はなくなってしまった。
だから狙った放課後、人気のない教室に二ノ宮はいた。こちらに気づくとすぐにイヤホンを外す。
「さきは悪かった」
「こっちこそごめん……その」
「いい、なに言われてるかは知ってる。別に気にしてない」
「でも」
「言いたい奴には言わせておけばいい。ただ、面倒なことになるから人がいる場所では声掛けない方がいい」
「本当にごめん。こっちからお願いしてたのに、その……」
友人たちが二ノ宮をバカにしていること、そして自分だって少し前まで同じような感覚だったことを謝りたいのに、上手く言葉にできない。
「で、出来たのか?」
「出来た!」
その言葉に鞄から作ったスコアを渡せば、二ノ宮が譜面を目で追っていく。その早さからして二ノ宮が譜面を読み慣れていることがわかる。
五分の沈黙。そして顔を上げた二ノ宮は一つ頷いた。
「これは預かる。明日時間があるならうちに来るか?」
「見せてくれるの?」
「約束だったからな」
そう言って二ノ宮はノートを無造作に破るとそこに住所とメールアドレス、そして携帯番号を記入していく。
「わかならなかったら電話しろ。最寄り駅は大城だから駅に着いた時点で電話寄越せ」
「わかった。本当にありがとう!」
お礼を言えば、まるで犬猫を追い払うかのように二ノ宮は手を振る。
「ちょっと、それはないでしょ?」
「そろそろ部活の連中がウロウロしだす。誰かに見られる前に帰れ」
どうやら一緒にいるところを見られたくないらしい。そう思いつくと、昼間の友人たちの言葉を思い出しモヤモヤしつつも椅子に座る二ノ宮を見下ろす。
既に二ノ宮はイヤホンを耳につけ会話は終わりだと言わんばかりだ。
私も鞄を掴んで教室を出ようと思ったけど、どうしても言わずにいられなかった。
「二ノ宮!」
イヤホンをつけてはいたものの、二ノ宮はそこまでボリュームを上げていなかったらしくすぐに顔を上げた。そんな二ノ宮にもう一度「ごめん!」と声を掛ければ、二ノ宮は初めて口元に笑みを浮かべた。
「バーカ」
笑いながら言われた言葉は最悪だけど、でもそれが気にするなと言っているように聞こえる。
「じゃあね」
手を振ったが二ノ宮からのアクションはない。でも、それでも構わない気がした。

結局、翌日には二ノ宮の家に行き、もの凄い量の機材に圧倒され、それから打ち込み方を教えて貰った。興味あることだから覚えるのも早かったし、気づけば二曲、三曲と神動画にアップすることが楽しくなっていた。
転機は二ノ宮に勧められて自作曲を自分で歌った動画だった。そこからファンと言ってくれる人が増え、動画も十倍近く再生してくれる人が増えるようになった。
それ以来、二ノ宮に機材を借り、二ノ宮の手を借りながら動画を作りネットにアップする日々が続いている。
惰性でやっていたバンドは脱退し、今はネットが主な活動場所なったけど、とにかく楽しくて仕方なかった。
だから、音楽を作って動画を上げることでどんな問題が起きるのか、考えたこともなかったし、考えようともしなかった。
たかが動画をアップする。それだけのことだと思っていた————。

Coming soon……

Post navigation