ディーバは囁かない プロローグ

ぬるりとした感触。見下ろした先には自分の手があって、その手は血に濡れている。足下にあるのは人だったもの。
そしてこの血は間違いなくこの人のもので……。
そこまで考えた途端、血の気が引いていくのがわかる。
——気持ち悪い……気持ち悪い! 気持ち悪い!!
目についた蛇口を捻れば水が勢いよく出てくる。その水で手を洗うけど、その手が、指先が汚い気がする。
傍にあった食器用洗剤をつけて指先から爪の先まで洗う。水が跳ねるのも構わず幾度となく洗剤をつける、水で流すという一連の動作を繰り返す。
不意にキッチン横にあった扉が開く。人が入ってきて私を見てその顔を引き攣らせた。多分、それは恐怖。でも、それ以上に汚れてしまった自分の方が気持ち悪くて、何度も繰り返し手を洗う。
それなのにポタリと水面に赤が落ちる。
——ダメ、手を洗うだけじゃ間に合わない。イヤだ、汚れてて気持ち悪い。このままだと汚染される。
「藤園……」
その声にもう一度顔を上げる。でも、その人の向こうにある鏡に映る私は身体中が血に濡れて————。
「イヤァァァッァァーッ!!」
悲鳴と共に耳を塞ぐ。そしてブラックアウトした。

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