いつも教室の片隅で本を開いてるクラスメイトがいた。
澤木学――――。
名前の通りとても勉強の出来る彼を気になりだしたのは運動会でのこと。
障害物競争に出ていた澤木くん。
体育は手を抜いているのが見え見えだったけど、あの運動会だけは違った。
赤組との差は僅か2点。
リレー前の障害物競争に出る澤木くんに、誰も期待をしていなかったと思う。
正直、体育の時はいつも男子たちとふざけてばかりだったし、誰も本気の澤木くんを見たことが無かったから。
でも、障害物競争が始まると、澤木くんは走った。
誰よりも速く走った。
途中、網を潜る時に眼鏡が外れたのも気にせず、一番にゴールに到着した。
クラスメイトからは歓声があがる中、こっちを向いて笑いながらも体操着の袖で汗を拭う。
その姿にドキッと胸が高鳴った。
あぁ、澤木くんは男の子なんだな、と。
クラスメイトを初めて男の子なんだと認識させられた。
競技も終わり席に戻ってきた澤木くんは、男の子や女の子に囲まれて、今まで見たことのない良い笑顔で笑っていた。
競技が終わってしばらくなるのに胸のドキドキは全然収まらない。
囲まれていた輪から抜け出してきた澤木くんと目が合う。
目が離せない私に澤木くんは最高の笑顔を見せてくれた。
それまで、数えるくらいしか話したことも無かったから、その笑顔に凄く驚いた。
隣の椅子に澤木くんが腰掛ける。
まだ澤木くんの息は荒い。
短い呼吸音を聞きながら自然と口は開いた。
「そんな真面目に走ると思わなかった」
呟きのような小さな声に反応した澤木は、少し照れたような顔でそっぽを向く。
話したこともないのに余り無いのに余計なことを言ったかもしれない。
そう思い肩を落としたところで、ボソリとした声が返ってきた。
「オレ、みんなが頑張ってるものまで手を抜く程イヤな奴じゃねーし」
少し怒ったような声に身を縮める。
怒らせた――――。
直感的にそう思い「ゴメンなさい」と言った。
情けないけど、私の声は少し震えていた。
たったそれだけの会話。
でも、心に凄く残っている。
そんな彼から手紙が届いた。
明日は卒業式。
明日会うのに切手の張られた手紙は不思議に思えた。
少し乱暴に書かれた自分の名前に自然と笑みが浮かぶ。
ドキドキしながら手紙を開けると、友達相手とは違い名前の後ろには様と書かれていていた。
少しくすぐったく思いながらも手紙を読む。
「本当は話したかったけど、怖がられてるみたいだから手紙にした。
ずっと好きだった。
運動会で話し掛けられた時、凄く嬉しかった。
親の転勤で卒業式には出られないから、どうしても気持ちだけ伝えたかった。
勝手でごめん」
慌てて封筒を裏返したけど、そこには名前しか書かれていない。
急いで階段を降りて連絡網から電話番号を探して番号を押す。
その指が震えているけど、受話器を握り締める。
受話器から流れるこの電話番号は現在使われておりませんという無機質なメッセージが流れる。
初めて分かった。
私、ずっと好きだった――――。
もう会えない。
理解した途端に声を上げて泣いた。
ずっと見ているくらい好きだった――――。