金曜の夕方、一番最初に修平の家へ到着したのは秋生だった。明らかに遊びに来るには多い荷物で、泊まり込む気なのが分かる。
「アキも泊まり込むのか?」
「勿論、僕だけ仲間はずれにされるのは楽しくないからね」
「仲間はずれって、お前なぁ……それにしても、アキの親がよく許したな」
「最近は怖いくらい無反応。まぁ、色々心境は複雑なんだろうけど……」
「そりゃあ仕方ないだろ。正直、俺だってアキは医者になるんだと思ってたくらいだし」
ただ、秋生の場合、家の状況が見えないだけに少し心配だ。余程困らない限り秋生から助けを求めることはしないから、秋生を注意深く見てみるけど、少し前に比べたらどこかすっきりした様子だ。だとすれば、修平が思うほど心配はないらしい。
「ケイと光はあと少ししたら来ると思う」
「二人とも泊まり?」
「一応その予定。とにかくテストを終わらせないと話にならねぇし」
「そうだね。僕も今日中にシナリオの修正が終わると思うから、明日はテストに加わるよ」
「そうか、とりあえず修正分のシナリオデータくれ。組み込む」
それだけ言えば、すぐにノートパソコンを取り出した秋生は修平のパソコンにデータを送ってくる。すぐに修平もパソコン前に座り、ツールでシナリオを組み込むべく操作していれば、部屋の扉がノックされた。
「はいよー」
どこか投げやり気味な返事をすれば、扉を開けて顔を覗かせたのは姉貴だ。
「ケイちゃんと光くん到着したよ」
「サンキュー」
すぐに姉貴の後ろからケイと光も部屋に入ってきて、姉貴にお礼を言って扉を閉めた。
「さてと、まずは報告からか。ケイと光の方でバグあったか?」
「あった、あった。私の方はこの紙にまとめてある。光は?」
「僕も一応この紙に」
二人から受け取った紙はA4四枚にも及ぶ。紙をめくりながら簡単に説明をして貰い、現象を確認していく。その間、秋生は話しに加わることなくシナリオの修正を紙ベースで行っている。
「それじゃあ、二人とも予定通りの部分まで終わったら声掛けてくれ。俺もこれ修正したら手持ち分のテストするから。それとバグがあったらメモ取っといて。予定分まで終了した時点で受け取るから」
「分かった。アキ、シナリオの方はどう?」
「今日中に終わらせる。そういえばケイに相談なんだけど、イラストの修正可能?」
「物にもよる。アニメとかは時間的に厳しい」
「一昨日追加して貰ったイラスト、五-三だったかな」
「あぁ、民族衣装」
「そう、それ。あれ色合いをもう少し淡い色合いにできないかな。夕日で透けて細い体型を知る場面があるでしょ。あれだけ濃い色だと透けないような気がして」
「オッケー、今すぐ修正する。画面上確認でいい?」
「大丈夫。できたらそっちを先にお願いするよ」
途端にケイは鞄からペンタブを取り出すとノートパソコンに繋いだ。そしてペンタブを素早く操作して五分もしない内に声を掛けてきた。
「シュウ、悪いけどイラスト入れ替えて。さきアキが言ってた五-三」
「すぐにやる」
「お願い」
そこからはお互いに口数も減り、徐々に自分の作業へ没頭していく。途中、八時頃に姉貴が呼びに来て、母親の作った料理をひたすら掻き込んでいく。作ってくれた親には悪いと思うが、今は時間との勝負ということもあり、食事を終えた順に二階へと上がる。
そして再び部屋に沈黙が落ちる。ただキーを叩く音だけが部屋に響き、修正を終えた修平もひたすらフラグとの格闘作業に入る。
静かな部屋でケイの笑い声が響き渡ったのは深夜二時を少し過ぎた所だった。余りにも派手な笑い声ということもあり、誰もが作業の手を止めた。
「おい、壊れたのか?」
「違うの! ちょっとこれ見ててよ」
そう言ってケイが画面を指さし、三人が揃ってケイのノートパソコンを覗き込む。ケイの指が手早くフラグ数値を入力して、テスト用のメニューからシーンの一つを選ぶ。
アドベンチャーの中盤にある犯人捜しのシーンで、犯人を捜せば仲間が増えて知恵を貸して貰える。早送りでゲームを進めたケイは、画面から顔を上げた。
「いい、これ見てて」
画面に表示されているのは選択肢で、話をごまかす、なぐる、証拠を突きつける、この三つだ。その中からケイは証拠を突きつけるを選び、アイテムボックスにある毒薬を突きつける。すると途端に画面が変化し、主人公キャラが殴られるシーンに飛ばされる。
そして、そのシーンを通り過ぎればいきなりエンディングへと飛ばされた。しかも普通であればアニメーションの後に流れるクレジットロールが流れ出し、考えもしなかったシンプルなエンディングになっている。
「……あ?」
「ちょっと、これフラグ間違いとはいえども、もの凄いバッドエンディングなんだけど。どうなったらこうなるのよ。しかも、話が微妙に繋がってて……実は狙ってる?」
「馬鹿、そんな訳ないだろ! 修正するから!」
余程おかしかったのか、ケイは涙を浮かべて笑っている。そして見ていたアキは苦笑していて、光も控えめながらも笑いをこらえているのが分かる。
「……姉さん、壊れてる」
「壊れてるって、おい」
「別に壊れてないわよ。普通でしょ、普通」
「だって、姉さん馬鹿笑いなんてしないし。それに寝不足祟ってるんだよ。昨日も寝たの二時過ぎてたし」
「人を子ども扱いしない! まるで私が八時間睡眠取らないといけないみたいじゃない」
「うん、僕はそう思ってるけど」
「失礼な。私だって締め切り直前になれば徹夜くらいするけど」
「僕、姉さんが徹夜してるのなんてもう何年か見てないけど」
「う……」
どうやら光の言う通りなのか、ケイが言葉に詰まる。それは光の勝利を意味していた。ケイや光との付き合いもかれこれ一年近くなるが、こうして光に言いくるめられるのは珍しい。でも、ここ最近はこれに似たやり取りを見ている気がするから、光が成長したということかもしれない。
「ケイ……お前、限界きたら寝ろ。明日も明後日も作業あるんだし」
「大丈夫。眠くなったら寝る。それにみんな頑張ってるのに、私だけ手抜きしたくないし」
「手抜き云々の問題じゃないと思うよ。僕も眠くなったら寝るし、ただ単に順番に寝るだけの話だし」
「アキの言う通りだ。姉貴が寝るなら好きに部屋使って構わないって言ってたから、眠くなったら姉貴の部屋に行けよ」
「……分かった。もう、みんなで寄って集って説得しなくてもいいから。眠くなったら寝る。これでいいでしょ!」
どこか逆ギレ気味なケイに呆れながらも、つい笑ってしまえば他の二人も楽しげに笑う。どうやら誰の頭も深夜のおかしなテンションに入ってきたらしい。
「っていうか、シュウの癖に偉そうでムカつく」
「ちょっと待て。俺の癖にって何だよ」
「だって一番作業してるのシュウだし、言う以上のことやってるのが本気でムカつく」
支離滅裂な言葉に修平は光へと顔を向ければ、光はどこか情けない顔をしている。そして隣のケイに気づかれないように、両手を小さく上げると軽く肩を竦めた。お手上げということなのだろう。
「お前、もう寝ろ……マジで……」
「何よ、褒めてるんだから、素直に受け取りなさないよ」
「はいはい、いいから寝ないなら続きやんぞ」
「言われなくてもやるわよ」
それだけ言うと、本当にケイは寝るつもりがないらしく、テスト用の紙を捲り画面に視線を向ける。
ある意味、深夜という時間は無法地帯だ。しばらくすると、今度はアキが箸が転がっても笑い出す状況になり、ケイはそのまま床に転がって眠り出す。もう、どうにでもなれという状況で放置していれば、気づけば明け方に起きているのは修平と光の二人だけになっていた。
「川越さん、こっちのテスト終了です」
「ん、そうか。バグあり?」
「バグは一応メモした部分がおかしいので確認お願いします」
「了解……光は普通だな」
「僕は徹夜に慣れてるんで。でも、あと三時間もやったら一旦仮眠取ります」
「あぁ、適当に仮眠は取っとけよ。ケイにも言ったけど、まだ今日、明日ってあるんだしさ。つか、お前の姉貴、強烈すぎだ」
「僕もあそこまで壊れるとは思っていませんでした。姉の逆ギレはある意味、新鮮でしたけど」
光はケイの逆ギレを思い出したのか、楽しげに笑う。そんな光もいつもより笑っていて、やはり寝不足のテンションというのはおかしなものになるらしい。
「それよりも僕としては、坂戸さんの壊れっぷりが面白かったです」
「あー、俺もあれは初めて見たけど、強烈だな。あいつ、菓子が転がっても笑ってたぞ」
「笑いのツボが分からなさすぎて、それがおかしくて笑っちゃいました」
「いや、あれは笑うだろ。つか普段取り澄ました顔してるだけに、俺は度肝抜かれたぞ」
「もの凄い意外性を見た気がします」
「俺たちはあそこまで壊れる前に寝るぞ」
「そうですね」
お互いに眠っているケイや秋生に気遣って密やかに会話しつつ頷き合う。けれども、そんな約束は日曜日の朝になる頃には、どこ吹く風ってなものだった。
「光、それ違う! 筆箱でマウスじゃないから」
「……あれ?」
「ヤバい……ついに唯一まともだった光まで壊れ始めたぞ」
「大丈夫、シュウほど壊れてないよ。どうしてコーラ持ってくるつもりでめんつゆ入れてくるのか僕には全然理解できないし」
「似た色じゃねぇかよ!」
「入れ物全然違うじゃん。でもアキだって人のこと言えないくらい変だけど。ほら」
そのままケイは手にしていたマウスをテーブルの上で転がせば、何がおかしいのか分からないけどアキがゲラゲラと笑う。そんならしくないアキの笑いを見てると、こっちまで笑えてくるから本気で誰もが壊れてる。
「ヤベー、こういの超楽しいし」
「お酒飲んで酔っ払うってこんな感じかな?」
「でも、酔っ払いって楽しそうな人もいるけどゲロゲロになってる人もいるよ?」
「酔っ払い方は人それぞれだしね。でも、確実に酔っ払ってる時よりも僕は楽しい気がするよ。まぁ、飲んだことがないから確実ではないけど」
「アキの場合、笑い上戸だからだろ。ほら」
空になったグラスをテーブルの上を転がせば、やはりアキは壊れたように笑う。もう何もかもがおかしいくて笑えて仕方ない。
途中、ケイが仮眠から目覚めたタイミングでアキのシナリオ修正が全て終わり、みんなで乾杯した。続いて修平と光の二人が仮眠を取り、再び四人顔を合わせたのは土曜日の三時を回ってからだった。
それなのに、徐々にテンションが下がると、今度は怖いくらい静かになる。
誰もが黙ったままパソコン画面に向かい合う。
「……なぁ、静かすぎて怖ぇよ」
「話すことがない」
「別に話せって言ってねぇよ。二時間前までの笑いはどこにいったんだよ」
「笑いならアキに言ってよ。ねぇ、アキ……アキ、どうかしたの?」
トーンの落ちたケイの声で修平も画面から顔を上げて秋生に視線を向ける。そこには真剣な顔で画面を見つめる秋生がいた。
「テストしてたら、もの凄く面白くないシナリオのような気がしてきた」
「充分坂戸さんのシナリオ楽しいですよ」
フォローするかのように光が声を掛けたけど、秋生は神妙な顔で首を横に振った。
「いや、でもこんなもんじゃない気がしてさ。……なぁ、今からシナリオ修正しても」
「却下っ! お前、今からシナリオ修正とか恐ろしいこと言い出すなよ!」
「うん、でもアキの気持ち分かる。できることなら私もイラスト変更したい」
「何だよ、お前ら何なんだよ! こんな時間になってから修正とかありえないだろ! そもそも、なんでいきなりテンションダダ下がりなんだよ!」
「だって下がっちゃったんだから仕方ないでしょ」
「仕方ないでしょ、じゃないだろ! 光、お前自分の姉貴どうにかしろ!」
やけくそ気味に修平が光へ振れば、光はもの凄く真面目な顔でケイに向き直る。
「えっと……姉さん、今から無駄なあがきしないで、今やるべきことやった方がいいと思うよ。それに、今更修正する川越さんの手間も考えないと」
「シュウの手間はどうでもいいの」
「いや、良くないから……」
とりあえず突っ込んではみたけど、既にケイは聞いちゃいない。あのイラストがどうとか、ブツブツ呟いている。
「姉さんのそういう自己中なところが無駄。いいもの出したくても期限内に作れなかったのは姉さんでしょ? それが今の姉さんの実力なんだから諦めなよ」
「実力……そうだよ、確かに僕だって無茶してシナリオ直しさせて貰ったのに、まだ修正したい箇所があるのが実力……」
「もう、マジで勘弁してくれよ! 俺、周りのテンション低いと引きずられるんだよ!」
「大丈夫です。川越さん全然負けてません」
「馬鹿、お前これで俺までテンション下がったら葬式だぞ、葬式!」
「むしろあの二人は放っておいていいんじゃないんですか? ほら、やることやってますし」
そう言って光が視線を向けた先はケイと秋生の二人で、相変わらず二人は画面を見ながらブツブツ言っている。けれども、チェック用紙に書き込んでいるからテストはしているらしい。
「……そうだな。あいつらに付き合うのも疲れてきたし」
「川越さんも少し眠った方がいいかもしれませんよ」
「いや、大丈夫」
「シュウ、これ終わったんだけど、次はどこのテストをやればいいかな」
「んじゃ九-三から。フラグ間違えるなよ」
「分かった……なぁ、シナリオの修正だけど」
「却下だ! とにかくテスト、時間があれば考えるから」
それだけ言えば、秋生は渋々ながらテストに取りかかる。秋生がテストに入るのを確認してから、修平もテストに取りかかるべく画面に向かう。けれども、視線が気になり光の方を向けば、すっかりテストの手を止めて光が修平を見ている。
「どうした?」
「今、猛獣使いを見てる心境です」
「何でそうなる」
「だって、姉さんと坂戸さん黙らせちゃいました」
「そういうお前も、高校行ってからどぎつくなってるぞ。無駄って、余りにも一刀両断だろ」
「姉さん、それくらいでめげたりしませんし。根本的に寝たら忘れるタイプですし」
「そこ! 無駄話してないでテストしてよ!」
「するよ! すりゃいいんだろ!」
やけくそ気味にそれだけ言うと、光と顔を見合わせて肩を竦める。そして修平も画面へと向き直る。
八時になれば母親が夕飯と称して、おにぎりやらサンドウィッチを差し入れてくれる。時間がないこともあり、作業しながら食べられることが本当に有り難い。
お礼を言えば笑いながら夜食も差し入れることを約束してくれる。途中、余りにも切羽詰まった状況だからなのか、姉貴も手伝いを申し出てくれたけど、それは全員一致でお断りした。
別に姉貴のことが信用できなという訳ではなく、単純にここまできたら、このメンバーだけでやり遂げたかった。
食事を取ったことで気持ちの切り替えになったのか、そこからは通常運転になり、それぞれが余り無駄口叩くことなくテストに打ち込む。
「シュウ、十-一修正」
「あいよ」
「九-五、テスト完了。次はどこのテストに入ればいい?」
「次は十-三」
「僕も十ー二、テスト終了です。次下さい」
「光は次十-四、ケイは十-五」
それぞれに割り振りしてから、修平自身はケイに言われた修正箇所の確認をしていく。普段であればここまで真剣に何かをすることはない。
でも、顔を上げればそれぞれが真剣にテストしていて、それを見ると自分も負けていられない、そういう気分にさせられる。
「こういうの楽しくていいよなぁ」
修平がぼそりと呟けば、隣に座っていたアキがちらりとこちらに視線を向けてきた。
「こんなに切羽詰まってるのに?」
「それも楽しいっていうかさ。やっぱりこのメンバーでやれて良かったとか思ってな」
「まぁ、このメンバーだからこそここまで来た、っていう気はするけどね」
「それは言える。私もこのメンバーじゃなければ、もっと自分に甘くなってた部分がある気がする」
「僕も本当に良かったです。色々学ぶことも多かったですし」
それぞれの中に感慨があるように、修平の中にも感慨はある。でも、結局は仕上げられなければ話にならない。
「よし、昼までには全部終わらせるぞ。残り二章分だ」
修平の呼びかけにそれぞれが返事をする。テンションが上がる中で、修平も手早く修正を終えると、修正した分のテストに入る。
夜食を食べて、誰もが睡眠不足で眠気と戦う中、朝六時、ラストだった修平のテスト分が終了する。
「……終わった」
「これで完成だね」
「やったー! 終わった! 長かった!」
「凄いよね、本当に四人でゲームって作れるんだ……」
「おう、俺らマジで凄いぞ! とにかく一眠りしてそれからこのデータ焼いて、それから発送しに行くぞ」
既に瞼は半分ほどになり、睡眠を欲している。倒れ込むように修平が横になれば、それぞれが床に寝転がり、修平は五秒で眠りに落ちた。
目が覚めた時には既に夕方になっていて、既に光とケイは目を覚ましていた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
「はよ……アキはまだ寝てるか。だよな、こいつこういう無茶したことないだろうし」
「ないの?」
「家がちょっとうるさいから、徹夜とかしたことない筈だ。元々、どれだけ時間なくても四時間は睡眠取るタイプだし」
「そっか……そういえば、さきシュウのお母さんが来て、夕食はすぐに用意するか聞かれたから、もう少し後で構わないって言ったんだけど良かった?」
「あぁ、その前にデータ送りたいしな。さてと、俺はこれからデータ作る。このままだと発送できないしさ。ケイ、気力あるならCDにプリントするイラスト描けないか?」
「いいよ、やってやろうじゃない」
「光は悪いけど、この書類用意して」
「分かりました」
それぞれが再びパソコンに向かうと、割り振られた作業をこなしていく。途中、秋生も起きて光と作業を分担し、二人で書類作りをしている。
「ねぇ、それぞれペンネームが必要みたいなんだけど、どうする?」
「私はカタカナでケイで」
「僕もライトで」
「それなら僕もそのまま秋戸サカ名義にしよう。シュウはどうする?」
「あぁ? ペンネームだ? 俺はそのまま本名で構わない」
「いいの? ネットとかで検索されたりするよ?」
「別にいいよ。後ろ暗い過去がある訳でもないし。それに今回はプログラム組んでる訳じゃないしさほど注目はされないだろ」
途中、何度もツールではなく一から自分でプログラムを組みたいと思った。でも、プログラムを使いこなせるだけの時間もない。こうして間に合ったのだから、ツールを使ったことは正しい判断だと思う。けれども、少し勿体ないことをした、という気持ちも修平の中にはあった。
「でも、色々ネットでっち上げられても面倒だからペンネームくらいはつけておいた方がいいと思うけど」
「だったらリバーとでもつけとけ」
「川越の川を取ってリバー……凄い安直」
「そんなもんだろ。ケイに言われたくない」
「まぁ、そうかもしれないけど」
「それじゃあシュウのペンネームはリバーにしておくから」
会話を交わしている間にもゲームプログラムも提出用のファイルが仕上がる。それをDVDに焼くと、線画のみというケイのイラストと共に作成者の名前を書いてDVDの表面にプリントする。
白いDVDの表面の左側にはケイのイラスト。右側にはそれぞれの名前が並び、迫り上がってくる何かと共にDVDの表面を見つめる。
「できたな」
「こうして見ると不思議な感じです」
「この一年近く、私たち頑張ったよね」
「うん、頑張ったと思う」
四人でDVDの表面を覗き込みながら、そんな会話を交わす。それからの行動はそれぞれ早かった。
DVDをケースに入れ、ぷちぷちに包んでから封筒に入れる。同封する書類を回し読みして確認すると、その書類も封筒に入れると封をした。
それぞれ身奇麗にしてから四人揃って家を出た。向かう先は郵便局だ。勿論、日曜日の今日、郵便局は開いていない。大きめの郵便局に二十分掛けて歩いて行くと、小さな窓口で郵送を頼む。
郵便局員に祈るような気持ちで頭を下げて、それぞれがお願いしますと声を掛けて郵便局を出た。
途端に疲れと笑いがこみ上げてくる。
「スゲー、マジで終わった! もうやりきったって感じだ」
「うん、自分がここまで頑張れるんだって、ちょっと自分を褒めたい気分」
「褒めていいと思うよ。だって、実際に頑張ったよ、僕たち」
「だよね。光もよく頑張った!」
「うん、本当に仕上がって良かったと思う。凄い開放的な気分で楽しい」
「楽しいよな! 俺も今スゲー楽しい」
「僕としてはどんな結果が出ても構わないかな。今回ゲームを作ったことで、色々成長できた気がする」
秋生の言葉に誰もが納得して頷く。結果がいいものであれば確かに嬉しい。でも、それ以上に何かを得た気がする。
夕焼けの中、横並びの影が四つ長く伸びる。疲労感よりも強く湧き上がる満足感に浸りながら、長く伸びた影を眺める。
恐らくこの風景を忘れないに違いない。そう思いながら、ゆっくりと確実に修平は一歩を踏み出した。