Act.09-2:十二月の三日月-2

志穂の退院日はここ最近にはないほどの暖かさで、持ってきた薄手のコートで外に出ても余り寒さを感じることがない気温だった。入院最後の診察を終え、最後の病院食である朝食を食べると、着替えてから志穂は身の回りの物を片付け始めた。
ヒロには友達に頼むとは言ったものの、実際、誰かに連絡を入れるつもりはなく松葉杖片手に入院している間に増えた小物を鞄の中へと詰めていく。とはいっても、元々それほど物を増やした訳でもなく、少し大きめの肩掛け鞄に全てを詰め終えるとすっきりした気分になる。
お世話になった看護師たちにお礼を言い、最後に会計を済ませて病院を出た時には十一時を回る頃だった。病院前にあるタクシーに乗り込み住所を告げると、ようやく家に帰ることができる安堵感で自然と溜息が零れた。
窓の外を眺めていれば、青空の中に浮かぶ白い三日月があり、それを見ているとやはりヒロを思い出した。家へ戻り落ち着いたら連絡を入れようと思いながらタクシー降りると部屋に戻る。
ようやく自宅へ戻ってきたという実感が湧いてきて、お気に入りでもあるリビングの白いソファへ腰掛けると、手近にあるリモコンでエアコンのスイッチを入れた。肩から掛けていた荷物を下ろすと、テーブルに置いてあるウエットティッシュで松葉杖の足を拭うと、コートすら脱がずにソファへもたれ掛かった。本来であればコーヒーでも飲みたいところだったけど、歩くのに不便となるとコーヒーを淹れることすら面倒になる。
けれども、問題は山積みで家に帰り一番困ることは食事のことだった。志穂は一人暮らしをしてから一度だって料理を作ったことはない。基本的に外食かお弁当を買って帰る生活をしていたために、食事に困ったことはない。けれども、この状況でコンビニにお弁当を買いに行くのは面倒でもあるし、出前して貰える店は三軒ほどしかない。
ヒロの家事は得意だという言葉を思い出し、ぜひとも一家に一人、なんてふざけたことを考えてから小さく首を振ってその考えを捨てた。毎日ヒロと顔を合わせることになったら、間違いなく志穂はもっとヒロを好きになる。今はヒロ相手に深入りしたい状況では無かった。
加納とも相談していたけれども、どちらにしても復職するとなると、どこかの会社に入るか、フリーになるか、自分で会社を建てるか、その三つしかない。そして、志穂は色々考えてみたけれども、やっぱりゲームプランナーという仕事を辞めるという選択ができなかった。
そうなると、サークルファイブに入社しない限り、ヒロとはずっとライバルみたいな関係になる。また今回のようなことが起きる可能性を考えると、ヒロと付き合い続けることは得策じゃないと分かる。それに、志穂は一度たりともヒロからサークルファイブに誘われたことはない。加納や竹河に声が掛かっている現状を考えると、サークルファイブという会社に志穂のようなプランナーは必要ないということなのだろう。
けれども、サークルファイブに入ったからといってそれで安泰かというと、それはまた別の心配が発生する。同じ会社の社長と社員、それは恋愛をするためには酷く難しい関係のように思えた。少なくとも、今までのような気楽な恋愛ということはできないに違いない。それ以前に、ヒロとはそういう気楽な関係にはなれないに違いない。それは少し怖いことでもあった。
しばらく部屋でぼんやりしていたけれども、いつまでもそうしている訳にもいかず、松葉杖を手に立ち上がると鞄の中から財布を取り出して小さな鞄へと入れ替える。とにかく、天気がいい今の内に買い出しにでかけるべきだと決意すると、片足だけ靴を履いて再び外に出た。
穏やかな日差しは温かいけれども、北の空から灰色の重苦しい雲が近づいてきているのはタクシーから見えていた。こんな状況で雨に降られたら最悪だ。そんなことを考えながら駅前のスーパー目指して歩いていたけど、いつもの公園脇を通る時についそちらに視線を向ける。そして、見つけた人影に志穂の足は止まった。ベンチに座り、こちらを見ていた人影は穏やかに、そしてどこか得意げな子どものような笑みを浮かべるとすぐにベンチから立ち上がる。駆け寄ってくると、スーツ姿のヒロは志穂の目の前に立つと唇を尖らせた。
「志穂さん、置いていくなんて酷いですよ。病院に行ったんですよ」
「別に迎えはいらないって言ったでしょ」
「でも、今、買い物に行こうとしたんじゃないんですか? 一緒に行くって言ったじゃないですか」
「そ、れは……来ると思わなかったの」
「行くって言いましたよね?」
「言ったけど、仕事があるから来るとしても夕方とか夜かと思ってたの。雨降りそうだし、買い物はしておかないと食べる物は無いし、絶対に困ると思ったから」
何で自分でもこんなに必死になって言い訳しているんだろうというくらい言葉がすらすらと出てくる。確かにヒロは来るとは言っていたけど、あれからメールも無かったから、てっきり忙しいのだとばかり思っていた。だから、正直言えば今日来ることすら期待していなかった。でも、よく考えてみれば、ヒロは一度だって約束を違えたことはない。
「……ごめん」
「悪いと思っています?」
「思ってる」
「でしたら、一つ、お願いを聞いて貰えませんか?」
「お願い?」
その言葉にヒロを見上げれば、ヒロは楽しげに笑っている。可愛らしい言葉とは裏腹に、ヒロの口から飛び出したのはとんでもないことだった。
「怪我が治るまで一緒に暮らして下さい」
「…………は?」
「色々と心配なんです。それに今月はもう仕事納めまで出社しなくても大丈夫ですし、何かあってもすぐ傍にいられますし」
「ちょっと待って、いきなりそんなこと言われても」
「一緒にいるのは嫌ですか?」
そういう聞き方は狡いと思う。別に嫌な訳ではないけれども、ただ、ヒロに負担が掛かりすぎてその提案に乗ることはしたくない。
「嫌じゃないけど、ダメ」
「嫌じゃないならダメは聞きません。それに一緒にいたいんです。だから一緒に暮らして下さい」
真剣な顔をして伺うヒロの言葉を聞いていると、何だかプロポーズでもされてるような気分になる。この言葉に裏があるのだとしたら空恐ろしいけれども、ヒロの場合、これが素だから本気で困る。
「ヒロの負担になるようなことはしたくないから」
「でも、困った時はお互い様って言うじゃないですか。逆に怪我した時には面倒みて貰うつもりですから」
「怪我なんてしないでよ」
即答で返してしまい、お互いに視線を合わせたまま会話が途切れ、次の瞬間にはお互いに笑い出してしまう。何だか変な遣り取りだと思ったらおかしくて仕方なかった。
「松葉杖、いつ外れる予定なんですか?」
「様子を見ながらだから、予定はまだ分からない」
「だったら、松葉杖が外れるまで一緒に暮らして下さい。来年になれば、ほとんど家で仕事することになるし、その方が安心できます」
この話しが出た時から、ヒロに強く出られたら負ける予感はあった。そして今現在、ヒロは全く引く様子はなく、志穂は小さく溜息をついた。それに、ヒロの中にも罪悪感があり、志穂に何かをすることで癒される気持ちがあることも分かる気がする。しかも、志穂は嫌ではないから絶対に負けると思っていた。
「年末年始は家に戻るから」
「え? 何でですか?」
「実家に戻ったりしないの?」
「正直、年末まで仕事が入っていてとてもそんな状況じゃなくて」
照れくさそうに笑うヒロに、志穂としてはもう完全にお手上げ状態となってしまう。けれども、どうしても一つ確認しておかないといけないことがある。聞きたいような聞きたくないような気持ちで、志穂は渋々ヒロへ問い掛けた。
「恋人がいて誤解受けるようなことはないの?」
途端に慌てた様子でヒロは身を乗り出してきた。
「待って下さい。そんな人がいたら志穂さんに好きとか言いませんし、本気で言ってるのにそんな軽くとられたら困ります」
「……ごめん」
これはこれで、違った意味で困ったことになってしまう。その気持ちは嬉しいけど、ヒロは自分の立場が分かって言ってるのか不安にもなる。確かに社長としてはちょっと危うげなところも見え隠れするし、見るからに年下だと分かるヒロはそこまで考えていない可能性もある。好きだけじゃあ、どうにもならないことだってある。
一層のこと、こんなこと考えずにただ好きだと思えるくらい馬鹿だったら良かったのに。そんなことを考えてみたけれども、志穂だって無駄に年は重ねていない。年を重ねるごとに周りの目だって気になってくるし、本気の恋だったらそれなりに臆病にもなるし、相手の立場だって考えられるようになる。
「でも、志穂さんの怪我が治るまで、絶対に何もしません。それだけは信じて下さい。きちんと怪我も治って、仕事についても落ち着いてから考えてくれたら嬉しいですけど」
信じてはいる。ヒロの言葉に嘘はないから、待つというのなら待ってくれることは分かってる。でも、それはお互いにかなり辛いことになる気がしないでもない。それでも、結局は傍にいたいという自分の感情に最終的には負けてしまう。
「分かった。お世話になります。でも、それなら色々と用意しないと」
「荷物運びしますよ。一緒に家へ行ってもいいですか?」
頷きで返して歩き出したところで、視界の端に停まる車が見える。その車に見覚えがあり、足を止めたところで勢いよく車がこちらへ向かって走り出す。スピードを上げて徐々に近づいてくる車を見たら、先日の恐怖と記憶が重なり志穂は一歩も動けない。
徐々に迫る車から視線を外せずにいれば、不意に背後から回ってきた腕に引き寄せられる。視界が回り、何が起きたのか分からないまま、地面へ転がった衝撃と痛みを感じれば、次の瞬間、派手な音が聞こえてきた。
「な、に……?」
「志穂さん、大丈夫ですか? 怪我は?」
「大丈夫、少しすりむいただけだから。あの車……」
そこまで言いかけて抱き起こしてくれたヒロを見上げれば、ヒロの顔色が驚くほど悪い。
「ヒロ?」
「ちょっと待ってて下さい」
座り込んだ志穂をそのままに、ヒロは立ち上がると公園のブロック塀にめり込むようにぶつかった車へ近づいていく。その表情は酷く緊張したもので声を掛けることもできない。慌てて志穂も近くに転がった松葉杖を手にすると、ヒロにかなり遅れて車へと近づいた。ヒロは車内を見て、ただ呆然とその場に立ち尽くしている。
「ヒロ! 電話して!」
「電話……?」
「救急車呼んで。私、携帯持ってないの! 早く!」
その声に我に返ったかのように携帯を取り出すと電話して説明を始める。ようやく車まで近づいた志穂が車内を覗き込めば、運転席でエアバッグに囲まれてハンドルに突っ伏しているのは髪の長い女性だった。ハンドルから離れた手はだらりと垂れ下がり、その細く綺麗な指先からは血が滴っている。髪に覆われてその顔は見えないけれども、艶やかな唇が印象的だった。
近所の人たちが出てきて車の周りに集まってきたけど、松葉杖をついた志穂には何もできない。それでも、五分もすれば遠くから救急車の音が聞こえてきて、人の輪を崩すようにして救急車が入ってきた。手慣れた様子で車を開け、車から女性を引き出すとストレッチャーに乗せる。そこでようやく顔が見えた瞬間、志穂は眉根を寄せた。
「この方の知り合いですか?」
声を掛けてきた救急隊員にヒロが答えている。けれども、その声がどこか遠くで聞こえていて、志穂はただ横たわる女性を見ていた。どうしてこの人が志穂をひき逃げしたのか、偶然なのか故意なのか、写真でしか見たことのないその女性を呆然とした気持ちで見下ろしていると、ヒロに声を掛けられた。
「志穂さん、一旦家に戻っていて下さい。必ず迎えに行きますから」
それに頷きで返すと、ヒロは救急隊員に急かされるようにしてストレッチャーと共に救急車へと乗り込んだ。慌ただしく救急車の扉は閉められてしまい、隊員が車に乗り込むとすぐに救急車は走り出した。その後ろ姿を呆然と見送った後、近づいてくるパトカーのサイレンを聞きながら、志穂はぼんやりと家までの道のりを松葉杖に助けられながら歩く。
志穂をひき逃げした車は、多分あの車だった気がする。けれども、運転していた縦井と志穂は全く面識が無い。志穂の立てた企画のことでサークルファイブを辞めさせられたから逆恨みされたのかと思ったけれども、志穂がひき逃げされたのはそれよりも前の話しだった。
混乱する頭で家まで帰り着くと、結局、振り出しに戻るかのようにソファへと腰掛けた。それでも、病院から持って帰ってきた鞄の中から携帯と一枚の名刺を取り出すと、名刺を見ながら電話番号を押してから通話ボタンを押した。
混乱はしている。けれども、あの状態のヒロが誰かに連絡するとは思えなかった。電話に出た女性に名前を言って久住さんへ取り次いで貰うと、余り待つことなく電話は繋がった。
「お仕事中に申し訳ありません。榛名ですが」
「志穂さん、ですよね? あれ、今日はヒロの奴、そちらに行くって言ってたんですけど」
「いえ、ヒロのことじゃなくて、そちらを辞めた縦井さん、分かりますよね」
「えぇ、縦井がどうかしましたか?」
「今、事故を起こし救急車で運ばれました。ヒロがついて行ったんで、一応連絡をと思って」
途端に沈黙が落ち、余計な報告だったのかと困惑してしまう。けれども、数秒後に聞こえた久住の声は先ほどとは違い、真剣そのものだった。
「事故現場に志穂さんもいたんですね?」
「いました。というか、轢かれそうになったというか……」
「今、どこにいます?」
「自宅に戻ってます」
唐突に切り替わった話しの内容に、訳が分からないながらも答えたけれども、久住が何を言いたいのかさっぱり分からない。
「えっと、待って下さい……今から警察と一緒に家へと伺っても宜しいですか?」
「警察、ですか?」
「事故を目撃していたんですよね。それだけじゃない。前に志穂さんを轢き逃げした車も同じ車種ではありませんか?」
「自信はありませんが、同じだった気がします」
「今から行きます」
それだけ言うと電話は切れてしまい、志穂としては訳が分からない。ただ、志穂としてはヒロ一人では心配で久住に連絡を入れたのにも関わらず、何故か志穂の方が心配されている気がする。
それ以前に、何故全く面識のない縦井が志穂を二度、いや、あのミラーに手をあてて怪我した時も合わせたら三度も狙われる理由が分からない。ただ、久住は何か知っている様子だった気がする。
何かすることもなく、落ち着かない気分のままひたすら待っていれば三十分もしないうちにチャイムが鳴り、松葉杖をつきながら慌てて玄関の扉を開ければばそこには久住と、先日、轢き逃げの件で病院へ聞き込みにきた刑事二人が立っていた。
「志穂さん、怪我は?」
「ヒロが助けてくれたから大丈夫だったんですけど、あの……」
「先日はお手数をお掛け致しました。先日の件と合わせて今回の件についてお聞きしたいのですが」
その問い掛けに困惑ながらも久住を見れば、小さく頷かれてしまい志穂は返事をすると扉を開けた。
「もし宜しければ中へ」
「いえ、ここで結構です。女性一人暮らしの部屋に入る訳にはいきませんから」
きっぱりと断られて志穂はそれ以上言い募ることなく話しを促せば、改めて先日の逃げた車と今日の車が同じものか聞かれる。だからこそ、確実ではないけれども同じものだったような気がすると答えれば、改めて話しを聞きに来ることを言って帰っていった。それを困惑したまま見送れば、玄関にいた久住が勢いよく頭を下げた。
「うちの縦井が本当に申し訳無い」
「あ、いえ、久住さんに頭を下げて貰う必要は」
「もしかしたら、という可能性はあったんです。縦井はその……ヒロのことを好きだったので。ただ、ヒロ自身は全く気づいていなくて企画の件が発覚した時に、事故の件も、もしかしてたらとは思ったんです。けど、縦井がそんな衝動的なことをするとは思ってもみなくて……本当に申し訳無い」
久住が言いたいことも分からなくはないけれども、やはり志穂にはどうして久住がここまで頭を下げるのかよく分からない。こうして対外面で頭を下げるのは久住の役目ということなのかと思ったけれども、それをヒロが許すとは余り思えない。少なくとも、久住に頭を下げさせてヒロが無視するようなことはできないに違いない。
「あの、既に縦井さんはサークルファイブを辞めている方ですし、そこまで久住さんが頭を下げる必要はないです。頭を上げて下さい」
「違うんです。俺は責任者としてどうしても志穂さんに謝らないといけない。縦井の件だけじゃなくて、他にも色々と」
どこか切羽詰まった様子の久住に、志穂はどうしたものかと悩んでから結局、扉を大きく開けた。
「色々とお話ししたことがあるみたいだし、中に入って下さい。正直、ちょっと足が辛いんで」
顔を上げた久住は逡巡している様子だったが、それでも、もう一度志穂が促せば部屋の中へと入ってきた。一人暮らしで動けない自分が男の人を部屋に入れるのは不用心だとは思ったけれども、相手はヒロの親友とも言える人だから信用してる。何よりも、柿沼の件で本当に色々と動いてくれたことも知っている。
部屋に入りソファを勧めると、志穂はキッチンへ向かい掛けたけれども久住に止められる。とにかく話しを聞いて欲しいと言われ、結局久住の座るソファと直角にある一人がけのソファに腰を下ろした。
「本当はサークルファイブというのは俺の会社なんです。けれども、色々あって俺が表立って動けない事情があるから、ヒロの名前を借りているんです。だから実質会社を動かしているのは俺で、全てにおいてヒロには全く責任がありません。それを俺がヒロに口止めしたもんだから、あいつ、志穂さんにも何も言わないで……本当にすみませんでした」
もの凄い勢いで一気にそこまで言うと久住は再び頭を下げてしまい、志穂としては話しに追いつけずにいた。とにかく、本来の社長は久住で、ヒロは名義貸しみたいなことをしているらしいことは理解できた。もっと早くそういうことは知りたかったという思いはあるけど、それでも本気で申し訳無いと頭を下げる久住を責める気にはなれない。
「頭を上げて下さい。久住さんにも色々事情があるでしょうし、謝罪されるようなことは何もありません」
「けれども……本当にすみません」
もう一度謝って、それから顔を上げた久住に志穂は少しだけ笑う。恐らく詰られることも覚悟していたのかもしれない久住は、ある意味潔かった。
「年内でようやくヒロを社長という立場から解放することができます。だから、志穂さんは遠慮無く付き合って下さい。もう、二度とヒロとのことで嫌な噂が立つことは無くなると思います。それにあいつ……イイ奴ですし……」
最後の言葉はフイと横を向いてしまい久住がどういう顔をしてそれを言ったのかは分からない。ただ、少し不機嫌そうなその声が照れたものだと分かると志穂としてはほほえましい気分になる。それだけ久住とヒロの繋がりはしっかりしたものなのかもしれない。
「久住さんはヒロと付き合い長いんですか?」
「かれこれ二十年なります。ヒロとは小学校から大学まで持ち上がりで付き合いがあるので」
「……ん? 久住さんの方がヒロより年上だとばかり思ってたんですけど、もしかして同じ年なんですか?」
「えぇ、俺、そんなに老けてます?」
情けない顔をする久住に慌てて首を横に振って否定したけど、久住の情けない顔が何だかおかしくてつい笑ってしまう。
「ごめん、年を知らないから」
「俺もヒロも今年二十六になります」
「そっか、だとしたら久住さんが普通で、ヒロが童顔なだけだと思う。正直、初めて会った時は大学生かと思ったくらいだし」
「あー、あいつポヤポヤしてるからなぁ。あぁ、でも本人に言わないでやって下さい。童顔なのも年下なのも気にしてますし」
まるでネタばらしをするかのように悪戯めいた笑みを見せる久住に、志穂もつられたように笑う。こうして話してみると、久住とヒロがどういう会話をしているのか見えるようで、何だか面白い。いつも穏やかで余裕さえ見せるヒロが、こうして友達にはぼやいたりしているのかと思うと、それを知ることができるのが嬉しい。
「あ、それから縦井ですが、ヒロから連絡があって大きな怪我はないそうです。さてと、俺はそろそろヒロと交代してヒロにここへ戻るように伝えますよ」
そう言って久住はソファから立ち上がると、どこか晴れ晴れとした笑顔を向けてきた。
「正直、もの凄く心苦しかったんで、こうして謝罪する機会を与えて貰えて有難うございます。ただ、本当に申し訳無いんですけど、社長の件は」
「大丈夫、言わない。色々大変みたいだけど頑張って」
「遣りたいことですし頑張りますよ。来年になってヒロを解放した暁には志穂さんとヒロにはきちんとごちそうします」
「別にいいし気遣い不要だから。それに私にとってはヒロのことを聞けたことが嬉しかったから」
「んー、なら、お礼はヒロの昔の写真ということで」
「それはありなの?」
お互いに黙り込み、次の瞬間には笑い出してしまう。本人のいないところで、こんなに盛り上がっていいものなのかは判断に迷うけど、でも、楽しいことは確かだった。
「それじゃあヒロと交代してきます。本当に色々とすみませんでした」
「もう謝罪はいいから」
笑いながら答えれば、最後に一礼してから久住は部屋を出て行った。玄関で久住を見送った志穂は天井を仰いでから大きく溜息をついた。何だか、久住から色々なことを聞かされた気がする。
縦井のことが気にならないと言えば嘘になるけど、今は与えられた情報が沢山あってそれだけで目一杯だった。果たして戻ってきたヒロはどんな顔をするのか、それを考えるだけでも志穂は楽しかったし、泥沼に入りかけていた気持ちが確かに浮上していることが分かった。
喉も渇いたから買い物でも出掛けようかと思ったけれども、降り出した雨に気がそがれてやることもなくテレビを眺める。けれども、平日昼間にやっているテレビなんてワイドショーみたいなものしかなく、これといって面白いものでもない。テレビをつけたまま、病院から持ち帰った荷物を片付けていると再びチャイムの音が鳴った。

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