Working Before -仕事前-
夏から秋へと変化を感じられるようになった頃、大学卒業を控えて、単位の取得に慌ただしい日々を送っていた。山口が大学を辞めて名取教授に口を利いて貰ったものの、それでも単位を取り直すことを余儀なくされたものもあった。
教授たちも一応、山口の単位を取っていた学生に対しては夏休み中に特別授業を組んではくれたものの、普段の単位取得にプラスして更に単位を追加取得することになったので山口の授業を取っていた学生はうさぎも含め、夏休みだというのに論文作成などをするにあたり資料を借りるために構内で普段よりも多く見かけた。
一人暮らしが長いこともあり、体調には気をつけていたつもりだったにも関わらず、九月に入り雨が降る日に傘も差さずに帰った翌日、うさぎは自宅のベッドから起き上がれずにいた。
疲れが溜まっていることは自覚していたし、昨日から喉の痛みと身体のだるさを覚えてはいた。それでも無理をしたのは自業自得でうさぎとしては見慣れた天井を眺めながら長い溜息をついた。
本当なら今日は取らないとならない講義があったけれども、そこまで切羽詰まった講義でもない。だからこそ早々に諦めてベッドに横になっていた。
口元に入れていた体温計のアラームが鳴り、体温計を取り出せば表示されるのは九度近い。せめて病院に行くべきだと思ったけれども、身体に鉛でも詰め込まれたように動くことが出来ずにいた。
両親に電話することも考えたけれども、うさぎが一人暮らしをしてからというものの、契約段階でここへ来ただけで両親を一度も呼んだことは無い。こういう時だけ親に頼るのは虫が良すぎる気がして、うさぎはどうしても連絡を取ることは出来ずにいた。
誰かに助けを求める。それはうさぎにとってとても難しいことでもあった。岡嶋たちに連絡を入れたらすぐにでも駆けつけてくれるに違いない。けれども、うさぎにはうさぎの生活があったように、岡嶋たちにも岡嶋たちの生活がある。だからこそ、携帯の電話帳を一度は開いたもののそこに登録してあるどの番号に対しても通話ボタンを押すことが出来ずにいた。
ひんやりとしていた筈の枕はすっかりぬるくなり、うさぎは鈍く痛む頭を押さえつつベッドから起き上がった。一人暮らしをしてから、ここまで熱が出たのは初めてのことかもしれない。そんなことを考えつつもどうにかベッドから立ち上がり、いつもの倍以上の時間を掛けて着替えると財布と保険証だけを鞄に入れる。こんな状況では化粧することも考えられず、朦朧とする頭で玄関にあるバレエシューズを履くと玄関の扉を開けた。
「あれ?」
扉を開けてすぐの所に驚いた顔をした岡嶋が立っていて、まさに今呼び鈴を鳴らそうと手を上げているところだった。
「どこか出掛ける……随分、顔色悪いけど」
穏やかだった岡嶋の表情は見るからに心配そうな顔へと変化していく。
「これから病院行こうかと思っていて」
だから大丈夫とばかりに笑みを浮かべて見せたけど、どうやら逆効果だったらしく岡嶋は眉根を寄せた。
「熱は? いや、それよりもタクシー拾ってくるよ。一人で歩ける?」
「大丈夫です。岡嶋さんはどうしてここへ?」
「今日は午前中で終わりだったから食事でも誘おうと思って来たけど。とにかく話しは後で」
それだけ言うと、岡嶋は足早に階段を降りようとした。けれども、再び戻って来るとうさぎの肩に手を回すと並んで歩き出す。
「岡嶋さん?」
「足下フラフラして危ないから階段降りるまで一緒にいるよ」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「病気の時くらい甘えてくれていいよ。それに、かなり辛いでしょ」
岡嶋と二人、肩を抱かれた状態で足下がふらつきつつも階段を下りた。正直、助かったという思いもあり素直に礼を言えば、困ったように笑われる。
「こんな時に気遣いは必要無し。大通りまでゆっくり歩いておいで」
それだけ言うと、岡嶋は足早に大通りに向かって歩き出す。大通りまで二十メーター程しかなく、うさぎはゆっくりと岡嶋の背中を追って歩き出した。岡嶋が捕まえてくれたタクシーに乗り込むと、病院名を告げてから程なく眠りに落ちた。
気付いた時には病院の待合室で、岡嶋の肩を借りている状況だった。
「す、すみません」
「いいから、もう少し眠れるなら眠って」
「もう、大丈夫です」
本当は全然大丈夫じゃない。けれども、これ以上病院に岡嶋を付き合わせるのは悪くて、どうにか岡嶋から身体を起こす。
「病院ですし、もう大丈夫です。ここにいると岡嶋さんも風邪がうつるかもしれませんし、もう」
「いいよ。きちんと待ってる。それに病気の時くらい大丈夫とか言わないの。全然大丈夫じゃないでしょ。熱も随分あるみたいだし」
確かに熱もここ最近では見たことの無い高さだったし、体調もかなり悪い。でも、こんなことで迷惑を掛けたくない。元はと言えば自分の体調管理の甘さからきているものだという自覚はあった。だからこそ、これ以上付き合わせるようなことはしたくなかったし、もし、これで岡嶋に風邪がうつった日には謝るくらいでは済まない。
「でも」
「いいの。どっちかといえば、連絡くれなかったことに怒ってるくらいなんだから。無理だなって思ったら、俺でも梁瀬でも連絡してくれた方がずっとマシ。風邪だって酷くなれば死ぬことだってあるんだよ」
風邪で死ぬと言われても、うさぎにはピンとこない。けれども、あそこで誰にも気付かれなければ確かに脱水症状くらいは起こしていたかもしれない。それでもいざとなれば救急車くらいに考えていたから、やはり死にはいまいち繋がらない。
ただ、死にそうだと両親に電話を入れたら慌てて駆けつけてきてくれたのだろうか。考えても埒のあかないことにうさぎは死という言葉を頭から振り落とそうとした。そして見上げた途端に岡嶋と視線が合う。
この人は、もしかしたら泣いてくれるのかもしれない。そう思うと少しだけ冷え切っていた心が温かくなる。
「うさぎちゃん、聞いてる?」
いかにも怒っていますという顔をした岡嶋だったけど、今は怒られている事実こそが嬉しかった。怒るということはそれだけ相手を少なからず大切に思っているから怒る訳で、本気で興味が無いのであれあば放置されるのが常だ。だからこそ、うさぎは嬉しかった。
「気をつけます」
「本当に気をつけてるんだよ。食事、きちんと取ってないんじゃないの?」
「あ……いえ、一応」
そう取ってはいる。外食やコンビニのお弁当続きではあるけど、一応は取っている。ただそれがきちんと、と言われると心許ない。実際買う時や注文する時に栄養面なんて考えて食事を取ったことは一度だって無い。しかもここ最近、忙しさから折角美樹に料理を教えて貰ったにも関わらず、料理を作った記憶がかなり前に遡らないと覚えが無い。
名前を呼ばれて岡嶋に見送られると診察室へ入り聴診器をあてられる。疲れが溜まってるらしく、薬を処方され再び岡嶋とタクシーに乗り込むと、岡嶋の言う行き先はうさぎの家とは全く違うところだった。
「岡嶋さん、どこに」
「梁瀬の家。今、美樹ちゃん暇らしいから。大学は少しお休み」
「でも、まだ色々と」
「うさぎちゃんもそんな半端なことしてたら治るものも治らなくなるよ。それに周りに移したらそれこそ迷惑じゃないのかな」
確かに他人に迷惑を掛けることだけは極力したくない。だからといって、美樹に迷惑を掛けるようなこともしたくない。
「だったら、家で大人しくしてます。それに梁瀬さんも仕事があるし」
「泊まり込みでいないって。だから素直に看病されてきなさい。本当は俺がついていられたらいいけど、俺も明日は朝一から稽古あるし、一人暮らしの女の子の家に泊まり込む訳にもいかないから。それとも美樹ちゃん苦手?」
「そんなことないです」
即座に否定すれば、隣に座る岡嶋は穏やかに笑う。そして伸ばしてきた手でくしゃりと頭を撫でられた。
「俺も梁瀬も美樹ちゃんも、心配してる。過保護かもしれないけど無理させたくない。今が大変な時だって分かるけど、分かるからこそきちんと立て直してから何事も始めないと」
「でも、美樹さんは」
「家で寝ててくれた方が心配しなくて済むって。一層のこと一緒に住む? とまで言ってたそうだ」
その言葉に慌てて首を横に振れば、さすがに岡嶋も声を立てて笑い出す。時折梁瀬の家に遊びに行くけど、子どものいない二人は新婚当時と変わらず見てるこっちが照れてしまうくらい仲良しだ。もし一緒に住むなんてことになれば目のやり場に絶対に困ることになるのは目に見えてる。
でも、誰かと一緒に住むというのはうさぎにとって憧れるものでもあった。帰った時に誰かが待っている、もしくは誰かが帰ってくるのを待つという行為は、今のうさぎにとっては遠く夢のように思える。
「今はとにかく風邪を治すのが優先。美樹ちゃん、あれで面倒見がいいし、梁瀬が泊まり込みで寂しいらしいからタイミングは良かったかもよ」
そんな話しをしながらも、何度か足を運んだことのある梁瀬の家に向かってタクシーは走る。こうして誰かがまだ近くにいてくれる現実に内心ホッとしながら、うさぎは岡嶋の声を聞いていた。
* * *
Working After -仕事後-
春と夏の境目、梅雨に入ってからは気温の上がり下がりも激しく、少し喉が痛むと思いながらも仕事を続けていたうさぎは岡嶋の定時としている十七時になると、岡嶋の手によってキーボードの横にあったキングファイルを閉じられてしまう。
「岡嶋さん?」
「今日はここで仕事は終わり」
「まだ細かい作業が残ってたんですけれども」
「細かい作業なら尚更駄目。調子悪いでしょ?」
確かに少し喉が痛む程度だったにも関わらず、気付けば身体がだるくなっている。この調子だと顔色も余りよく無いのかもしれない。
「調子悪い時に細かい作業をしたら、間違えた時に修正が大変なことになるよ」
言われてみれば確かにそうで、一時、集中力を欠いただけで大変な目にあったのはまだ記憶に新しい。いや、もしかしたらあの時から少しずつ調子は悪くなっていたのかもしれない。
「分かりました。今日は帰ることにします」
「うん、その方がいいと思うよ。梶さんも待ってるだろうし」
「え?」
予想していなかたその名前に思わずファイルを閉じようと握っていたマウス操作まで止めて振り返ってまで岡嶋を見てしまう。視線のあった岡嶋は携帯のストラップを持って軽く揺らす。
「先、別件でメールがあったからうさぎちゃんが調子悪そうだと教えちゃったんだよねー」
「岡嶋さん!」
「もう、下で待ってるんじゃない?」
どこか楽しげな岡嶋の笑みに、うさぎは操作中のマウスさえ放り出して小さなベランダへ飛び出すと、通りを見下ろす。そこには既に見慣れてしまった梶の車がきっちりとパーキングエリアに止められていて、軽く額を押さえた。
心配されるのは嬉しいけど、さすがにこれは遣り過ぎだと思うのはうさぎの気のせいじゃないと思う。少なくとも、学生時代と違ってそこまで無茶するようなことはしない。それはうさぎにとって成長だと思っていたけど、岡嶋にとっては違うということなのか。ベランダから部屋に戻ると、少しだけ恨みがましい視線を岡嶋へと向けてしまう。
「もう子どもでも無いのに岡嶋さんは過保護すぎます」
「おや、過保護になるのは誰のせいかなー」
そこで言葉に詰まってしまうのは、こうして一緒に仕事している上で色々と見られているからかもしれない。途中、間が空いたとは言えども、岡嶋との付き合いはうさぎにとってかなり濃い付き合いでもある。無理、無茶、何でもありだった昔を知られているだけにうさぎには分が悪い。
うさぎは岡嶋に答えることなく渋々パソコンの電源を落とすと、改めて岡嶋へと向き直る。
「それでも梶さんまで連絡入れるのはやりすぎです」
「いいんじゃないの? うさぎちゃんのこと、沢山甘やかしたい人なんだから、具合悪い時くらい甘えていいでしょ」
「だからって」
「ほら、待ってるんだから早く帰る。戸締まりは俺がしておくから」
これ以上の文句は受け付けないとばかりに鞄を差し出され、うさぎはどこか納得行かないまま挨拶をして事務所を後にした。一階から外へ出れば、車の傍で電話をしている梶が立っていた。電話中だから挨拶も無く車の扉が開けられ、うさぎはやっぱり納得行かないまま車へと乗り込んだ。
少し長引いているのか梶が車へ戻って来る気配は無く、うさぎは背凭れに身体を預ける。その途端に身体がズシリと重みを増した気がした。気がゆるんだ、ということらしく小さく溜息をつくと目を瞑る。
そう、うさぎにとっては一瞬瞬きをした程度のつもりだったのに、気付けば馴染みのないベッドへと横にされていた。近くに人の気配は無く、辺りを見回せばそこが梶の家にあるゲストルームだと気付く。ここにこうして寝るのはあの事件以来のことだった。
ひんやりとした感触に額に手を触れると、そこには冷たいタオルがあてられていて、いつの間にこんなことになったのかうさぎは小さく溜息をついた。もしかしたら、うさぎが思っていたよりも体調は悪かったのかもしれない。実際、身体を起こそうとしても節々が痛いし、このまま眠ってしまいたい気分でもあった。
うつらうつらしていると、扉の開く音で重い瞼を開ける。扉へと視線を向ければトレーを持った梶が部屋へ入って来るところだった。
「梶さん……私」
「車の中で眠っていたが、熱があったのでそのままうちに連れてきた」
「あの、大丈夫ですから」
「岡嶋から過去に余罪ありなので帰すなと言われてる」
どうやら思っていた以上に岡嶋から梶に連絡がいっていたらしく、うさぎは内心岡嶋を恨まずにはいられない。勿論、心配されていることは分かっているから本気で恨める筈も無く小さく溜息をついた。
近づいてきた梶は一旦机の上にトレーを置くと、うさぎの額に置いてあるタオルをサイドボードに置いてある洗面器の中へと入れた。そして、その洗面器のすぐ横には文庫本が一冊置かれていて、梶がここにいたらしいことを伺わせる。
「食欲はどうだ?」
「正直、余り……」
「少しだけでも食べた方がいい。市販品の薬は買ってきたが、明日までに熱が下がらないようだったら病院に行こう」
ゆっくりとベッドから起き上がりながら梶の言葉を聞いていたが、実際、熱が下がらなければ病院には行かなければならないだろう。急ぎでは無いものの、仕事はそれなりに詰まっている。仕事のことを考えると、一層のこと深夜受付の病院に今からでも向かうべきかと思ったところで、梶がトレーを持ってベッドの近くにある椅子へと腰掛ける。
壁際にある時計を見れば既に午前二時を回っていて、随分と長い時間眠っていたことに驚く。そして改めて梶へと視線を向けた。
「遅くにすみません」
「謝る必要は無い。とにかく食べるといい。何なら手伝うが」
「い、いいえ、結構です!」
慌てて首を横に振って否定すれば梶にはクツクツと声を潜めて笑われてしまい、からかわれているのだと気付く。ベッドから降りるために布団をよけた所で梶に止められた。
「ここで食べるといい」
そう言って差し出されたトレーの上には卵粥が載せられていて、湯気が出てまだ温かそうに見える。
「でも、溢したら汚れますし」
「具合が悪い時にそんなことを気にする必要は無い。飲み物は何がいい」
トレーを押し付けるようにうさぎへと渡すと梶は椅子から立ち上がる。
「何でもいいです」
「それが一番困る」
「それなら喉が痛むので水で」
「分かった。それを食べていなさい」
それだけ言い残すと梶は部屋を出て行ってしまい、うさぎはゆっくりとレンゲを手にすると皿の中のおかゆを掬う。きちんと冷ましてから口に入れると、ほのかな塩味があって美味しい。少なくとも、それがレトルトでは無いことが分かる。
うさぎのために梶が手を掛けてくれたことが嬉しいと言ったら、図々しすぎるのか少し悩んでその言葉を飲み込んだ。大切な人に図々しいと思われるのはさすがに困るし、うさぎも嫌だと思えた。
数口食べたところで梶が戻ってきて、サイドボードにある洗面器を一旦机の上に除けてから水の入ったグラスを置いてくれた。そのまま梶は椅子に座り、うさぎは視線を感じて僅かに身動ぐ。
「あの……食べてる所を見られてるとさすがに食べづらいです」
少なくとも口を開けて食べているところなんて好きな人に見られたいものではない。余りジッと見られていると、うさぎとしては照れもあるし、何よりも恥ずかしいものがある。
「あぁ、すまない。どれくらい食べられるのか気になってな。味は平気か?」
「美味しいです。あの、有難うございます」
頭を下げてお礼を言えば、梶は微かに笑った。余り見せることの無い笑みに熱が上がりそうだと思いながらもうさぎはレンゲを口に運ぶ。うさぎに言われたからなのか、梶はサイドボードに置いてあった本を手に取ると本を読み始める。視線からも文字を追っているのが分かり、ページを捲る音からも本を読むのが早い人なのだと分かる。
食べながらもうさぎが梶を見ていれば、ふとその梶が本から視線を上げた。途端に視線が合ってしまい、うさぎは慌てて食べかけのお皿へ視線を落とす。
「見られているというのは緊張するな」
「……すみません」
人に指摘したのに自分が見ていたら世話が無い。恥ずかしさに顔を上げられずにいれば、梶の大きな手がうさぎの頭に乗せられたかと思うと、そのまま優しく撫でられた。
「食べ終わるまで私は向こうの部屋にいる」
本を手にしたまま立ち上がる梶にうさぎは落ち着かない気分になる。別に一緒にいるのが嫌な訳ではない。むしろ、この部屋で一人にされると不安すらあって、慌ててうさぎは声を掛けた。
「あの」
振り返った梶に、うさぎは改めて何を言えばいいのか分からない。まさかこの状況で行かないで欲しいとは言えずに、ただどうしていいのか分からなくなる。具合が悪い時に一人でいることがどれだけ寂しいことか、過去の記憶からうさぎは分かってる。だから人寂しいのだと分かっているけど、そんなことまで言う必要は無い。
一人どうしようと考えているうさぎに、梶は手を伸ばしてきたかと思うと額に手を当てた。そんな軽い接触だけでうさぎの心臓はせわしなくなってくる。
「あ、あの……」
「熱がまだあるな」
それだけ言うとうさぎが寝ているベッドの端に腰掛ける。広い背中がすぐ近くにあるけど、その顔は見えない。けれども、すぐ近くに梶がいるというだけでうさぎにはホッと出来る。
「食べられるだけ食べて、薬を飲んで眠るといい。それまでここにいる」
説明らしい説明は何も出来ていない。けれども、伝わったことが嬉しくてうさぎは短く返事をすると、再びレンゲを口に運び始める。すぐ傍には梶の気配があり、そして手を伸ばせば届く距離にいる。身体は怠くて調子は余り良くないけれども、心がふわりと軽く温かくなった気がした。
The End.